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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

進みて消える

掲載日:2026/06/15

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふ~、こいつが現代の「ピコピコ」というものか。すさまじいな、もはや映画かなにかの間違いではないか? これを自分の手で動かせるとなれば、なるほど金も手間もかかるというものよ。


 ――その割に、反射神経などは衰えているように見えなかったが?


 そうさな。人間、刺激されない部分は劣化していくだろうが、刺激されればまだまだ息を吹き返せる部分があるとわしは思っている。病みはすれども、老いることは実はあまりないのかもな。

 老害にせよ幼害にせよ、いずれも未経験、未体験がために押されているレッテルではないかとわしは考えていてな。実際、互いに理解を示しているものを、交換してやってみるというのは有効ではなかろうか。

 当然、表向きにはすぐ慣れないところもあろう。しかし、中身の根に至れれば、害を薬と成すすべが見つかるやもしれんな。


 とはいえ老は体力、幼は忍耐がついていかねば、そこまでいかずに捨ててしまうのが、なんともはかないところよ。

 世の中の速さは、このじいちゃんのころよりも上がりすぎた。正確で迅速なのが当然で、わずかな遅れが致命打になりかねん環境ゆえ、ゆとりも寛容さも失われがちになる。

 もしも、一切の余裕も許されないまま、事態そのものもあっという間に通り過ぎていくようなことがあれば、果たして人は対応しきれるのだろうか。

 最近、じいちゃんが知り合いから聞いた話なんじゃが、耳に入れてみんか?


 かつて、知り合いの住んでいたアパートは壁が薄く、音がよく漏れてきていたらしい。

 特に右隣の部屋から聞こえてくるものが、やたら賑やか。どうも、「ピコピコ」をやっているらしいと察せられた。


 ――詳細なソフトの名前を言ってくれれば、判断するのに?


 たわけ。壁に耳あり、障子に目ありというだろう。

 おおっぴらに名前を出したら、どこで誰が聞いていて、攻撃のたぐいと受け取るか分からんだろうが。

 ボケたふりして、あれだの、これだの、ピコピコだの、若造にバカにされるくらいに隠してやるのが、世のため人のためというものよ。


 と、それはともかくとして。

 もう少し若ければ怒鳴りこみにいっていただろう、という知り合いは、我慢を決め込んで普段通りの生活を送り続けていたという。

 隣人のピコピコは、頻繁にその分野や内容を変えていることが、知り合いにも聞き取れた。いくらか曲を覚えてしまうほど連続で同じものをやるときもあるようだが、そのいずれもやはり音量を落とす気配はない。

 イヤホンなど、外へ音を漏らさぬすべは多いだろうに、それをやらないとは、なにかしらのこだわりがあるのだろうか?

 そう首を傾げつつも、隣人のピコピコはややおとなしい領域へ入っていったという。


 文章を読み上げる。こー坊のいうところの、ノベルゲームというやつか? あれをやり始めた。

 部屋をじかに見ていたわけでないから、実際にピコピコかは分からん。インターネットを介して得た動画のたぐいだったかもしれん。ただ、知り合いの部屋が即興の朗読部屋と化したのは確かだったという。

 時刻は宵の口。知り合いはすでに外出する予定はなく、今日の残りはもう、のんびりくつろぐ腹積もりだった。テレビ番組なども今日は面白いものはなく、たわむれに隣から響く文章に聞き耳を立てていく。


 どうにも、日記調の一人語りが中心の内容と思われた。大半は主人公と思しき男の声が状況と行動とその進行を語っていくが、ときおり効果音や別人のセリフがはさまれる。

 話の途中から聞き出したが、どうやら今は主人公が単独で、どこかの建物内部をめぐっている場面と思われた。先ほどまで、ところどころ聞こえていた別人のセリフは、主人公が以前に聞いていたものの回想だったらしい。

 地の文を聞いているに、どうやら広い屋敷の無人の台所を見て回っているところ。椅子やテーブルのみならず、各種調度品や置かれている剥製の様子なども、なめるように執拗な描写が目立った。

 文章の質は微妙だ。短い間に同じ形容詞が三度も四度も使われ、気に入った表現なのか、語彙が少ないのかと疑ってしまうほど。目が滑る……いや、聞くに堪えないとまではいかなかったが。

 知り合いは聞いていて、少しばかりウトウトしてきてしまう。睡眠導入にはなりそうだし、まだ続くようならばせいぜい活用させてもらおうと、布団を敷き始めたらしい。


 歯を磨いて、ごろりと横になってもまだ隣からの声は響いてくる。

 廊下を歩いている場面のようで、またも地の文による、しつこい描写が続いている。

 が、やがて「カツコツ、カツコツ……」と、セリフでない効果音が部屋に届いてくると。


 カツコツ、カツコツ……。


 知り合いは、思わず身を起こした。

 壁越しではない。外からだ。ドアの向こう側。

 アパートの廊下を、誰かが歩いている。それだけなら、どの時間帯であってもおかしいことではない。夜中に開いているお店へ、買い物に行くらしい住人の気配もときどきあるのだ。

 しかし、今回はそれとは異なる。買い物ならば、廊下端の階段を降りていく音も続いていくはずなのだ。なのに外の足音は、壁越しの効果音が止むとともにピタリととまり、息をひそめるかのごとく動かない。


 自分の耳がどうかしたのか、と知り合いは思った。疲れが溜まるなどして自分の聴覚が異常を起こし、普通ならばあり得ない音の拾い方をしているのかと。

 隣よりの声は、再びナレーションに移り、周囲の状況を説明している。こちらもまた床や壁のシミやほこりの濃さや形状などを、逐一取り上げていく丁寧さは変わらない。

 重箱の隅をつつくような、ささいな伏線を張るミステリーが好みでなければ、さじを投げる読者もいるだろう度合いだ。しかし知り合いの関心は、もはやそこにはない。

 効果音の差しはさまるとき。それこそが問題だ。

 待つこと数分。ようやく主が移動に入ったらしい。


 カツコツ、カツコツ……。


 間違いない。

 隣から聞こえるばかりじゃなく、外からも響いてくる。

 二度目ということもあり、より耳を凝らしていた。タイミングのみならず、立つ音までもほぼ同じだ。履く靴、体重のかけ方などなど、相当に気をつかっていなければ、こうも行くまい。

 長い歩きのシーンであったこともあり、音もまた延々と続く。明らかに知り合いの部屋の前を通り過ぎていき、なおも廊下を進んでいったのち、ゲームの音が止むとぴたりと聞こえなくなったのだとか。

 そこからは、隣室からも「カチン」とスイッチを切るような音が響いたきり、静寂が舞い降りる。やはり外の足音もおとなしくなって、それっきりだ。

 おそらく、向こうのゲームなり動画なりを流す機械のスイッチを切ったのだろうが、知り合いはそっと起き上がり部屋のドアへ近づく。念のため、チェーンを引っかけながら、開いたわずかなすき間より、外をうかがってみる。


 その空間でも、おおよそは確認できた。

 部屋の前の廊下に、かすかなくぼみができていたのさ。細かい土片をこぼしながらな。

 こぶし大のくぼみは、左右一組。交互に踏み出しながら廊下を渡っている。おそらくはこれが、先の足音の主のものだろう。姿の見当はつきづらいが。

 だがそれ以上に、知り合いが目を丸くしたのが、先ほどまで音が聞こえていた隣の部屋だ。


 ドアポストが緑色の養生テープでふさがれている。

 これは現在、入居者がいないことを示すサインでもあった。隣人と特に深い交流があったわけではない知り合いだが、あまりにも唐突すぎる。

 チェーンを外し、試しにノックをしたりチャイムを鳴らしたりしても、応答はない。のちほど大家さんにも尋ねたが、あの部屋は長く空き部屋であると返される。

 だが、知り合いはもはや顔もぼんやりしているものの、確かに隣人の存在を覚えていると話しているのだ。

 あの足跡が出てくるとともに、何が起きたのだろうかな?

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