【5】小さな黒魔竜の子
――――卵から生まれ直したシギは色々なものに興味津々である。
「きゃ?きゅーん」
ルオさんにお下がりでもらったリュックの中から顔を出しつつ、俺の背中にぴったりとくっつきながら目の前の光景を見守る。
「アル、肉は美味しいので粉砕しないように!」
ルシルさんがさくっと魔物に魔法で一撃を与えつつ、アルさんに向かって叫ぶ。
「あぁ……そう言うのやりにくいなぁ……?」
そう言いつつも大剣を器用に操り魔物の急所をついていく。
「やっぱりすごいんだなぁ……」
「まぁ、アイツらは魔物の急所やら素材を得るのに効率のいい討伐やらたくさん知ってるからなぁ。お前もそのうち覚える」
そうルオさんが微笑む。
そうしているうちに魔物の討伐を完了したアルさんが俺たちを招く。
「今から捌くけど、ロジーもやるかい?」
「その……やります」
やらないと、覚えられないものな。
「あ、シギは……」
見た目幼児なのに見せてしまって大丈夫だろうか?
「黒魔竜はいわゆるドラゴンだ。ドラゴンは自ら狩りをして獲物を食らう。むしろ狩りやその獲物の処理を見せてやるのは当然のことだ」
「ルオの言う通りだねぇ。そもそも大地の口で何でも食べられるから気にすることでもない」
「……大地の、口」
「シギの暴食のスキルはそう呼ばれるんだよ」
ルオさんが教えてくれる。
「何だかすごいスキルだなぁ」
「きゃ?」
後ろからかわいらしい声が聞こえてくるが、しかし目の前の獲物にぢゅるりと舌なめずりする音も聞こえてきたので俺の心配は杞憂だったようだ。
「さて、まずはやり方見てて」
「はい、アルさん」
アルさんが短剣を取り出し、さくさくと捌いていく。
「あと内臓は……シギが食べる?」
「きゃっ!」
え……食べるの?何でもとは聞いたけど次の瞬間、本当に大地に口が空いたのだ。そう、口が。
「ほい」
アルさんが魔物の内臓を口の中に放り込めば、それを呑み込み口が消えていく。
「きゃん」
シギは何だか満足そう。
「これが大地の口だねぇ。本当に大地に空く口だ。魔物の肉だろうが、森の木々だろうが、大地の口が開けばそのまま呑み込むらしいね」
その口は悪夢ですら呑み込む。
「でもきっと美味しいものの方が好きでしょう?今回はなかなかに美味しい魔物が獲れましたよ」
「きゃーん」
ルシルさんの言葉に答えるようにシギが鳴く。
「そうだねぇ。うまい肉にありつくためにもほら、次はロジーも一緒にやろうか」
「……わ、分かりましたっ」
初の魔物の肉捌きだな。
「関節の造りを意識して刃を入れていくんだ。そうすればコツが上手く掴める」
「はい!」
アルさんから短剣を受けとれば、その上からアルさんが手を握って刃捌きを教えてくれる。
「あと、内臓」
「きゃん」
内臓は大地の口へと放り込む。
「あとこの魔物の角は素材だから、切り取る。切り取るために刃を入れる部分はここね」
アルさんが教えてくれたポイントで角を取り外せば、角のつやのある突出部分には傷がつかずに切り離せた。
「うん、筋は悪くない」
「はい、アルさん」
どうしてか……既視感と言うか、刃捌きの感触に覚えがある。日本でなんてやったことなんてあるはずないのに。
だとしたらその前と言うことか。そんなことまで覚えているなんてあり得るのか?しかしその手の感覚は確かに……。
「きゃーん、きゅ?」
「……ごめんごめん、大丈夫だよ。シギ」
心配させてしまったろうか。
「やっぱり捌くのは恐いかい?」
「そ……そう言うことでは……!その、早くひとりでできるように頑張りますから」
「いいよ、ひとりじゃなくて。こうやってたくさん狩った時はみんなでやった方が早いし。ロジー、手を出してごらん。利き手の方」
「えぇと、はい」
右手を出せば、アルさんが俺の掌を確かめるように手に取る。
「ロジーの掌に合う短剣を今度用意するよ。あとはマジックボックスか。獲物を入れるのに使うから作ってしまおうか」
そんなすぐにできるものなのだろうかと思いつつすぐに構築される。
「ステータスに紐付くものだからロジーにしか開けず使えないものだ。ステータスを開けばより正確なナビが出るようになってるけど慣れれば感覚で使えるよ」
前に見たように空間に手を突っ込めば即座に目当ての品を手にできる……と言うようなものだろうか。
「はい、ありがとうございます」
試しに俺のマジックボックスに捌いた肉や素材を格納すれば、先に移動の準備を整えていたルシルさんとレベッカ、ルオさんと合流する。
「今日は冒険者ギルド運営のキャンプ地に向かおうか」
冒険者ギルド……!この世界にもあったのか!
「そうだなぁ。ロジーは冒険者登録もしてしまおうか。もちろん俺たちも冒険者の身分証……ギルドカードを持っているんだ」
「私はまだ持ってないけどね。ねぇ、私はダメなの?」
「ふむ……そうだなぁ。さすがにレベッカのものは帰ったら俺から頼んでみようか」
「うん……!絶対よ!」
レベッカが嬉しそうに言うと、ルオさんがぽふぽふとレベッカの頭を撫でていた。
「因みにランクなんかもあるんですか?」
「もちろんですよ。最下位がGランク。最高はSランクですね」
「違うよ、ルシル。最高はSS」
「……確かにそうですがアル、SSは永久欠番でしょう」
SSランク……よくある異世界ものに出てくる最強ランクだけど、この世界では永久欠番なのか……?あまり聞かない表現だ。
「それでもランクはランクだよ」
「分かりました、では最高ランクはSSと言うことで」
ルシルさんが諦めたように答える。
「因みにみんなはどのランクなんですか?」
「私はSランクです」
「俺もだよ」
え……2人とも、Sランク!?
「俺は目立ちたくないからBランクに無理矢理居座ってる」
ルオさんのそれはそれでどうなんだ!?
「主が本気を出せば永久欠番だって取れるかもしれませんのに」
「やーだよ。生き神とは言え神さまが天下取ったらチートじゃないか」
チートと言うかチート以上では。
「まぁ目立ちすぎるのも何だかねぇ。ルシルは純粋なSランクだけど俺は……」
「アルさん……?」
同じSランクなのに何かあったのだろうか。
「同時に冒険者ギルドのレッドランクだし」
「れ……レッドランクって何ですか?」
初めて聞く言葉である。
「問題を起こしてギルドから重罪人のレッテルを貼られた冒険者のことですよ」
「問題って何をやったらそんな……っ」
「要は殺人やら強盗やら、悪いことをするとつきます。ランクは重罪人のレベルを正確に掴むためにそのままですが……普通にクエストを受けられなくなる縛りがあります」
「ええええぇっ!?」
「アルさんったら何を……いや神殿の壁は壊したけども」
「まだ人間だったくらい昔の話なんだけどねぇ。何百年も前のことだが……ギルドにも魔族の職員はいるからそうそうなしにはできないらしいけど」
「でも魔帝の後見を得て真面目に世直しをする条件で野放しにされていると言うことです。保護者もいることですし」
「保護者……」
ルオさんを見る。
「ははは。我が眷属たちは手がかかるが……しかしそれでも主だからな。ルシルもそうなんだぞ?」
「私は充分いいこにしてますよ」
「たまに暴走すんだろうが。俺の苦労も考えろー」
「善処します」
ルシルはけろりと答えるが。
「いつもそう言ってやり過ぎるんだって、お父さまが言ってたわ」
「え゛」
まさに本末転倒なのだが。でも何だか和やかな笑いが漏れるのは……いいかもな。
「ほら、そうこうしているうちに着きましたよ」
ルシルが告げた通りそこはキャンプ地らしい。たくさんのひとびとが集い、テントが並ぶ。
その中には人間もいて魔族もいるようだ。さらには……。
「あの、エルフもいるんですか?」
目に入ったのは金髪の美しい髪に耳の尖った女性だ。
「よく知っているな。珍しい種族だ」
やはりどこの世界でも珍しいのか。前世では想像上の種族だったが。
「ふむ……そうなのか」
ルオさんが興味深そうに頷く。
「きゃっ、きゃ、きゃ~~」
キャンプ地でのテントを張っていれば、シギが楽しそうだ。
「いろんなものを見られて楽しいのね」
「そうだな、レベッカ」
「きゅーんっ」
嬉しそうに背中ですりすりしてくれて愛おしくて仕方なくなる。
「テントはこれで大丈夫ですね。次はご飯の準備にしましょう」
そう言うとルシルさんが飯炊きの準備を始めレベッカも加わる。俺も肉を切りわけていく。
「さて、調味料はどうしましょうか。色々ありますよ。ハーブや唐辛子、コンソメ……珍しいところで東国の味噌や醤油……」
「味噌があるんですか!?」
お決まりの東国の存在、そして和風調味料!
「えぇ。ですが結構難しい調味料でして……」
「任せてください!」
「え……?」
きょとんとするルシルさん。やはり味噌を知らない異世界のひとには難しいのだろうか。
「できた!味噌味の鍋!」
野菜たっぷり、柔らかいお肉入り!
前世の一人暮らし時代の飯作りが役にたった~~!当時は実家の母さんに聞いたり料理本を読んだり大変だったけど、それが今に結び付いている。
「とっても美味しそうだわ」
レベッカが興味深そうにしながらよそいわけてくれる。
「きゅ~~んっ」
背中からおろしてお膝の上に乗せたシギも目を輝かせている。
レベッカから器を受け取ると、それをふうふうして……。
「熱いから気を付けてな」
シギの口元にスプーンを持って行けば。
「きゃふっ」
スプーンをぱくりと口の中に納める。
「きゅうん」
もぐもぐと具を咀嚼し、幸せそうに微笑む。
「うん、美味しいね。シギちゃん」
そしてレベッカも美味しそうに食べてくれて、ほかのみんなも。異世界のひとたちの口にも合ってホッとした。
「……しかしよくご存じでしたね」
ルシルさんが興味深そうに告げる。
「えっと……」
ルオさんは知っているとはいえ、ルシルさんにも言ってもいいのだろうか。
「まぁでも私たちはそれぞれ特殊な事情を持っていますし、秘密のひとつやふたつあっても大丈夫ですよ」
俺の不安を感じ取ってか、ルシルさんが優しく微笑んでくれる。
「そうだな……無理強いはしない」
そうルオさんも答えてくれる。
「きゃん?」
ふと、シギが呼んでいることに気が付く。
「ごめんごめん」
シギの口にスプーンを運べば、もぐもぐと嬉しそうにしてくれる。
シギの嬉しそうな様子を見ていればもう少しだけゆっくりと考えてみようと言う余裕が生まれたような気がする。何だかんだで俺もシギと言う存在に助けられているのかなぁ。




