【番外編②】化け物と呼ばれた男
記憶の手記には異界の文字が羅列されている。
持ち主の主はそれに興味深そうに目を通した。神は異界の文字も関係ない。そんな力を持っていたから。
――――ろくでもない人生だった。平和ボケだの、安心な国だの、誰がそんなことをほざいた?そんな平和の仮面をつけた国の地獄で生きているものを見ようともせず。
「ねぇ、あの子またなんですって?」
「まだ小学生なのに、警察のお世話になるだなんて……」
「もううちじゃぁ扱いきれない」
だからって……俺にどうすればいいと言うのか。
ただただ襲い掛かる無慈悲な暴力に反抗することもできず。保護された時は既に衰弱して体重は生きていることが不思議なほどだったそうだ。
「他人が信用できない。ひとの心が分からない。近付くな。俺に構うな。手を差し伸べようとするな」
その激情が暴れるたびに俺はまた……施設をたらい回しに合う。
影では化け物と蔑むくせに、都合の悪いことは全て俺のせいにするくせに。
「ねぇ、また※※くんが!私のハンカチを盗んで捨てたの!」
俺ではない俺の名が呼ばれる。
「何度言ったら分かるんだ!」
女子生徒の訴えに担任が激昂する。知らない。そんな女子も、女子が言ってることも……俺は知らない。でもアレらは俺が怒られることを笑うだけだ。まるで何かのゲームのように。
「やめろよ!」
「……」
何故、クラス中が俺を悪者に仕立てて笑うのに。
「お前、さっき自分でハンカチ捨ててたの、俺見たんだけど!何で※※のせいにするんだよ!」
「し……知らない!何でそんな嘘をつくの!?」
「そうだぞ!全部全部※※が悪いんだから!」
担任が手をあげる。ダメだ……そんなのは。あの子が俺のせいで殴られる。
あぁいう大人には……憎悪が湧く。
――――施設を移り、学校は転校せざるをえなくなった。だからあの子がどうなったかなど知らない。
「最後に俺が悪役になったのなら、あの子は救われるだろうか」
悪役にならずに済むだろうか。ただそれだけが気掛かりで……この国の裏側で生きながらもそれだけが唯一の良心だった。
「あの子は……俺とは違うまともな人生を歩んでいる」
そう……信じて。
そんな異界の記憶は、未だにフラッシュバックする。
「……どうした?そんなところで」
「……」
何故このひとは俺なんかに構う。異界でもこちらでも俺は化け物だった。
人間は俺を恐れ、自分たちにとって脅威の力を持った俺を殺そうとするのに。俺がやつらを殺したら俺は化け物だ。
「そういやお前は武器を使わないな」
「……」
「冒険者なんだから短剣くらいは持て。短剣は戦闘で使うだけじゃない。素材や肉を捌く時にも役立つ。教えてやるからおいで」
「……必要ない」
獲物を仕留めるくらいできる。ただ焼いて食うだけ。異界の地獄の中で食わされたものに比べればまだあれは……食い物だ。
「いいから。お前も誰かに教えてやる時が来るかもしれないだろ?」
「……来ない」
そんなものは、来ない。
「まだ分からない。冒険者をしていれば俺みたいに拾いものをするかも知れないしなぁ」
その拾いものとは……俺のことか。本当に何故このひとは俺なんかに構う。
「ほら、手を出してみ?」
「……」
ゆっくりと手を差し出せば、俺の手の大きさを確かめながらマジックボックスをごそごそとすれば1本の短剣を取り出す。
「少し調整するか……」
そう言うと魔法で柄を調整し出す。
「うんこんなとこだな」
「……そんなもの、すぐ折れてしまう」
「どうかな?素材は結構いいものを使ってる。俺の剣と同じ」
そう言うとその男は背中に背負った大剣を指す。そんな細腕で本当にその大剣を振り回すのだから、この冒険者は末恐ろしい。さすがは世界で唯一のSSランクの冒険者だ。
男は俺にもったいないほどの冒険者の知識を与えた。
「何故その男と共にいようと思ったのか。どこか懐かしさを覚えたせいか。……よく分からない」
けれどその知識はひとりで破壊を繰り返しながら世界をさ迷っている時よりもずっとずっと俺の記憶に鮮明にこびりつく。
「本当に……嫌なほどに」
冒険者として一人立ちした後も、何故かその男のもとに足が向く。その度に男は俺を歓迎した。
「本当に……アイツは」
冒険者として活動していても、SSランクの彼の推薦がなければ俺は冒険者ギルドからも追放されていただろう。
「きゃ?」
「……」
ゆりかごの中には彼が大切にしている竜の子がいる。それもまた……俺と通じるものがある。時には世界すら呑み込む暴食の竜。
「お前はどうか……いや、ロジーさんに愛されて育つんだよ」
世界から恐れられる黒魔竜もSSランクの冒険者が育てれば冒険者ギルドですら納得する。だからこそ……俺が得られなかった分。彼とともにいられるのだから。
「ほら、できたぞ」
久々に立ち寄った俺に彼はクォーティア公国の料理を振る舞う。
こちらでよく食べられている米は俺の故郷がかつてあった王国ではほとんど見ない。まぁ異界でも食べてはいたがその機会はそれほど多くない。
「うまいか?」
「……あぁ」
故郷の味などどちらにもなかった。俺には帰る場所なんてどこにもなかったのだから。でも確かに彼のいる場所は俺の……唯一の帰る場所だったんだ。




