エピローグ
復興に沸く、風霊の都市ヴァルブリーゼでは、かつて剣を向け合った者たちが、今は同じ資材を担いで汗を流していた。
「おい、そっちは重いぞ。無理すんなよ!」
ラグナは快活に笑い、人間の子どもたちの頭を撫でながら、隣に立つ人間の青年と冗談を交わす。
かつて憎悪が支配していた境界線は、もうどこにもない。
肩を組み、共に新しい街を築き上げる彼らの笑顔は、争いの歴史が終わりを告げた何よりの証だった。
◇
灼熱の太陽が照りつける砂漠の街ザラ・メル。
メルティは山のような荷物を背負い、軽快に砂を蹴って歩いていた。
「平和になった世界を、この目で見たいじゃない。お父さんみたいな、最高に強くて自由な商人になってみせるわよ!」
額の汗を拭い、水平線の向こうを見つめる彼女の瞳には、終わりのない冒険への渇望と、どこまでも広がる未来への希望が眩しく反射していた。
◇
グラナフォルジュの工房からは、力強くもどこか優しい鉄の音が響き渡る。
「ハハッ、人殺しの道具じゃねえもんを打つのは、久しぶりで少し腕がなまっちまってるな!」
バルグはそう豪語しながら、街の復興に欠かせない日用品や建築資材に命を吹き込んでいた。
ハンマーが振り下ろされるたび、火花とともに「生」を支える喜びが、工房の隅々にまで満ちていく。
◇
一方、世界を救った伝説の行商人として、グレンの周囲には常に人だかりが絶えなかった。
「グレンさん、その薬ちょうだい!」
「こっちの結晶石も、みっつお願い!」
無邪気な子どもたちの呼び声に、グレンは相好を崩しながら品を手渡していく。
その背中に漂う風格は、戦場を駆けた勇者のものであり、同時に、誰よりも平和を愛する商人のものでもあった。
◇
静寂に包まれたサンラグ鉱山の入口では、フェンが色鮮やかな小さな花束を手向けていた。
後ろから寄り添った母親が、そっと彼の肩に手を置く。
二人は目を閉じ、静かに祈りを捧げた。
「これで……父さんも、安心して眠れるよね」
フェンが小さく呟くと、母親は涙を拭い、愛しげに息子の手を握りしめる。
その後、二人が戻ったシンダルの村は、以前にも増した活気に溢れていた。
陽光を跳ね返す子どもたちの笑い声、活力を取り戻した鍛冶屋の金槌の音、そして遠くまで響き渡る行商人の呼び声。
そこには、かつて人々が夢見た「当たり前の幸せ」が、確かに息づいていた。
◇
ヴァルドは、ひとり静かに歩を進めていた。
かつての凍てつく戦場や乾いた砂漠とは違う、柔らかな緑が波打つ穏やかな丘の上。
そこに、ミリュアが眠る小さな墓があった。
深く、長く息を吐き出し、ヴァルドは寄り添うようにして色鮮やかな花を手向ける。
その手に握られているのは、あの死闘の中で彼女が最後まで振るっていた短剣だ。
今では形見として、何よりも大切な誓いとして、ずっと肌身離さず持ち続けてきたものだった。
「ミリュア……見ていてくれ。俺たちは、ようやくここまで来たぞ」
冷たい金属の感触を確かめるように短剣を胸に引き寄せ、ヴァルドはゆっくりと瞳を閉じた。
耳を澄ませば、かつての絶叫や咆哮ではなく、草木を揺らす優しい風の音が聞こえてくる。
大地に刻まれた傷跡が完全に消えることはない。
けれど、世界は、壊れかけた時間をひとつずつ紡ぎ直すように、確かに平和な明日を迎え始めていた。
溢れ出しそうな想いを沈黙のなかに閉じ込め、ヴァルドはしばらくその場に立ち尽くしていた。
やがて、彼はまぶたを上げ、空を仰ぐ。そこには雲ひとつない、どこまでも澄み渡る蒼穹が広がっていた。
ヴァルドは微かに笑みを浮かべ、短剣をしっかりと腰に差し直すと、一度も振り返ることなくその場を後にした。
背中を撫でる風は、あの日彼女が旅路で見せた、穏やかな慈愛に似ていた。
希望という名の消えない光を胸に灯し――
彼の歩みは、これからも止まることはない。
【Fin】
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
私にとってこの物語は、はじめて最後まで完結させることができた長編作品となりました。
拙い部分も多々あったかと思いますが、こうして最後まで物語を紡ぐことができたのは、読んでくださった皆様の存在があったからです。皆様が彼らの旅を見守ってくださったことが、何よりの励みになりました。
ヴァルドたちの物語はここで一旦区切りとなりますが、彼らが手に入れた「本当の夜明け」の光が、読んでくださった皆様の心にも、ほんの少しでも届いたなら幸いです。
改めて、この旅に同行してくださったすべての読者様に、心からの感謝を込めて。
本当に、ありがとうございました!
白月つむぎ




