表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吸血鬼の少女に血を吸われた傭兵は、迫る戦争と不死の脅威に立ち向かう  作者: 白月つむぎ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/58

第56話 光を抱いて歩む者たち

 ミリュアの詠唱が、ついに終止符を打った。


 刹那――世界そのものが、息を呑んだ。


 彼女の小さな身体を核として、眩い光が幾重にも重なり合い、絶対的な領域を描きながら膨張していく。

 その光は白ではない。深紅と蒼、そして神々しい金色が螺旋となって混ざり合う、この世のものとは思えぬ魔力の奔流。


 大気は震え、強固な石床が断末魔のような悲鳴を上げて砕け散る。

 放たれた魔力は物理的な熱を帯び、触れる以前に魂が灼かれるような錯覚さえもたらした。


「――馬鹿な、これほどの……理を外れた力が……!」


 アルグレイドが驚愕を叫ぶ間もなく、光は爆ぜた。

 それはもはや、音ですらなかった。


 衝撃そのものが世界を塗り潰し、意識を白く染め上げる。

 凄まじい熱波の濁流が広間を貫き、絶対の武を誇った聖銀の巨槍さえも、一瞬で赤熱し、形を失い、塵へと砕け散った。

 床に刻まれた不浄の魔法陣は次々と焼き切られ、石壁は溶け、空間の在り方そのものが根こそぎ焼失していく。


 それは炎ではない。


 “存在の概念ごと無へ帰す魔力”


 アルグレイドの異形の身体が、内側から黒くひび割れていく。

 不死の再生能力すらも、圧倒的な光に上書きされ、否定され、もはや一欠片の細胞すら存在を保てない。


「認めん……認めぬぞ……! この私が、このような……!」


 その叫びは、光の咆哮のなかに掻き消えた。


 神の如き威容を誇った異形の巨躯は、内側から砂の城が崩れるように音もなく瓦解し、灰色の粒子へと変わっていく。


 それは無残な敗北というより、永すぎた時を止めていた呪縛が解け、あるべき「無」へと還っていくかのようだった。


 風もないのに、その塵は光の残滓を纏いながら、淡く、天へと向かってふわりと舞い上がる。


 かつて彼を縛っていた執着も、冷酷な野心も、すべては夜に溶ける幻影となって——。


 一筋の銀光が空を裂くように消えた後には、彼がそこに存在した証さえ、どこにも残されてはいなかった。


 訪れたのは、深い沈黙だった。


 焼け焦げた広間に残ったのは、呆然と立ち尽くす仲間たちと、すべての力を使い果たし、今にも消え入りそうなミリュアだけだった。


「ミリュア!」


 最初に駆け寄ったのはグレンだった。


「馬鹿者が……これほどの無茶をして……!」


「……ミリュア……! よく、頑張ったわね。本当に、よく……」


 メルティは溢れる涙を拭いもせず、祈るような声でその名を呼んだ。


「お前は……我ら一族の、最高の誇りだ」


 ラグナは右拳を左胸に当て、折れた角を伏せて深く頭を下げる。


「……これ以上の戦士を、俺は生涯拝むことはねえだろうな」


 バルグの低い声には、救えなかった己への悔恨かいこんが苦く滲んでいた。


「……ありがとう、ミリュア……!」


 フェンは小さく、しかし真っ直ぐな言葉を、彼女の背中に贈った。


 静寂が降り積もるなか、ヴァルドはミリュアの前にゆっくりと膝をついた。


 戦い抜いた証である傷だらけの手で、壊れものをいたわるように、そっと彼女の小さな手を包み込む。


「……ミリュア。ずっとたった一人で、この重荷を背負ってきたんだな」


 触れた指先の冷たさに、ヴァルドは祈るように力を込める。


「森に身を潜めていたのも、刃を振るわなかったのも……ミリュアが臆病だったからじゃない。すべて、今日この時のために、力を、命を繋ごうとしていたんだ。そうだろう?」


 微かに震えるミリュアの睫毛まつげを見つめ、ヴァルドは一言ずつ、彼女の魂に刻みつけるように言葉を紡ぐ。


「ミリュアの母上が命を懸けて守ろうとしたものも、ミリュアが千年の闇の中で信じ続けた想いも……そのすべてを、俺は確かに受け取った。この掌に、確かに残っている」


 溢れ出しそうになる感情を堪え、震える声を整えて、ヴァルドは静かに続けた。


「だから、もう大丈夫だ。ミリュアが……絶望の淵で繋ぎ止めてくれた希望は、これからは俺たちが生きて、繋いで、守り抜いていく。ミリュアが誇りに思い、夢見た未来を――俺は、決して裏切らない」


 その誓いを聞き届けた瞬間、ミリュアの頬に、柔らかな光が差したように見えた。


 それは、永い永い使命から解き放たれ、ただ一人の少女に戻ったような、無垢で満ち足りた微笑みだった。


 そうして彼女は、最愛の騎士に看取られながら、穏やかな眠りにつくように静かに瞳を閉じた。


 ◇


 静寂が支配する広間の奥、ひび割れた高い窓から、ひと筋の光が差し込んだ。


 それは、永い夜の終わりを告げる、清冽な「本当の夜明け」の光だった。


 青白く冷たかった雪原の色が、刻一刻と淡い黄金色に染まっていく。

 光は粉々に砕け散った石床を照らし、宙を舞う埃さえも、まるで祝福の輝きのようにきらめかせた。


 ヴァルドは、ミリュアの静かな寝顔を見つめたまま、その光の中にいた。


 まぶたの裏に焼き付いた激闘の残像が、朝の光に洗われ、ゆっくりと溶けていく。

 頬を撫でる風にはもう、禍々しい魔力の匂いも、死の予感も混ざっていない。

 ただ、新雪の清々しい香りと、生命の息吹だけがそこにあった。


「……夜が、明けたんだな」


 誰にともなく溢れたヴァルドの声に、グレンやラグナ、そして背後に立つ民たちが顔を上げる。


 彼らの傷ついた身体を、昇り始めた太陽が等しく暖かく包み込んでいく。それは戦い抜いた者たちだけに与えられた、静謐せいひつな抱擁だった。


 振り返れば、そこにはまだ崩れ落ちた壁や、癒えぬ傷跡が無数に残っている。


 しかし、眩いばかりに輝き始めた地平線を見つめる彼らの瞳には、絶望の影はもうどこにもなかった。


 世界を覆っていた呪縛は、今、完全に解かれたのだ。


 新しく始まった一日の光が、彼らの歩むべき道を、白く、どこまでも真っ直ぐに照らし出していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ