第52話 失われた仲間、残された決意
グレンとダリスの刃がぶつかり、火花が散る。互いの動きは鋭く、互角の攻防が続いた。
だが、その一瞬。
グレンがわずかな淀みを見逃さず、ダリスの体勢を崩す。勝機がこぼれ落ちた。
しかし、窮地に陥ったはずのダリスは、なぜか狂気を孕んだ笑みを浮かべていた。
「この程度で、わたくしに勝ったつもりになられては困りますな」
次の瞬間、ダリスの肉体が内側から爆ぜるように膨張を始めた。
ミシミシと嫌な音を立てて骨が軋み、筋繊維が濁った色調でうごめき、異形へと再構築されていく。
かつての彼の面影を飲み込み、巨大な不死の化け物がそこに現出した。
その圧倒的な威圧感に、ホールの空気が凍りつき、震える。
「どういう……ことじゃ」
ミリュアは小さく震え、息を呑む。
さすがのグレンも、その異様さに一瞬の気圧れを隠せなかった。
だが、背負うものの重さが彼の足を繋ぎ止める。
低く構え、体勢を整えたグレンは、巨大化したダリス――いや、もはや“不死の化け物”――に向かって切り込んでいく。
しかし、渾身の一撃は、紙屑でも払うかのような無造作な一振りに粉砕された。
鋼が弾かれる甲高い音が響いた直後、グレンの体は猛烈な衝撃とともに宙を舞う。
「がっ……!」
冷たい床に肩から叩きつけられ、激痛が走る。視界が揺れ、グレンは苦悶に顔を歪めた。
「おやおや? もう終わりですかな?」
巨大な不死の化け物は、再び反撃の構えを見せる。
体勢を立て直したグレンが踏み込もうとした瞬間、その視界を横切る影があった。ヴァルドが大剣を握り直し、割り込むようにして化け物の斬撃を真っ向から受け止める。
「間に合った……か」
「ヴァルド! ケガは!?」
「ミリュアのおかげで、一命は取り留めた」
ヴァルドは静かに息を整え、大剣を構える。
巨大な化け物が腕を振り上げて襲いかかった。
しかしヴァルドは一歩も退かず、大剣で斬撃を受け止め、跳ね返す。
グレンは爆ぜるような踏み込みで石床を蹴り、化け物の懐へ潜り込む。鋭い爪が横一閃に走り、硬質な肉を切り裂き隙を作った。
「逃がさぬ……!」
後方で、杖を掲げたミリュアが叫ぶ。
猛烈な火炎と極寒の氷塊が交互に放たれ、爆ぜた。
熱波と凍結に晒された怪物の動きが、目に見えて鈍り始める。
「まだ……まだ、ですぞ!」
巨大な手が振り下ろされ、石床を砕く衝撃波が三人を吹き飛ばす。だが、互いの位置を確認しながら、すぐさま立ち上がり連携を再開する。
三つの力が一点に収束し、怪物の巨躯を徐々に削り取っていく。ついに、不死の化け物が膝をついた。
しかし、それでも化け物は咆哮を上げ、執念深く立ち上がろうとする。
「まだだ……まだ、終わりませんぞ……ッ! わたくしは、わたくしは死なぬのだぁぁぁーーー!!!」
不死の化け物は断末魔のような叫びとともに、最後の猛攻を繰り出した。
無造作に振り回される巨腕が地面を叩き、爆ぜた石床の礫が散弾のように三人を襲う。凄まじい衝撃波がホールで荒れ狂い、彼らの体を容赦なく弾き飛ばした。
しかし、吹き飛ばされながらも、ヴァルドは即座に大剣を突き立てて踏み止まり、グレンは風を切る速さで化け物の背後へ回り込む。ミリュアが全魔力を込めて放つ拘束の魔法が、化け物の自由を完全に奪い去った。
三位一体の猛攻が、逃げ場を失った巨躯に突き刺さる。
そして、一撃、また一撃とヴァルドの大剣が肉を断ち、その生命力を尽くしていく。
あれほど誇示していた力はみるみる減退し、化け物の膝が、重く、石床へと沈んだ。
「……あ、あぁ……アルグレイド……さ、ま……」
天を仰いだ咆哮はもはや掠れた吐息となり、その巨躯は地響きを立てて倒れ伏した。
広間には、不気味なほどの静寂が戻った。
荒い呼吸の音と、砕けた石床の振動だけが、死闘の激しさを物語っている。
異形の化け物――かつてのダリスは、今度こそ二度と動くことはなかった。
しばしの沈黙の後、三人は互いの無事を確かめ合う。
ヴァルドは肩で荒い息をつきながら大剣を握り直し、膝に手をついて立ち上がる。
ミリュアは傷ついた腕を抱えつつも、回復魔法で自分と仲間の体を落ち着かせた。
グレンもまた、鋭く突き出していた爪を納め、冷え切った空気を深く吸い込んで荒ぶる鼓動を鎮めた。
目の前に横たわる、物言わぬ異形の骸。
かつての戦友であったダリスを前に、かけるべき言葉は見つからない。
裏切りの怒り、失った悲しみ、そして彼を葬らざるを得なかった断腸の思い――複雑に絡み合う感情が、胸の奥で熱く疼いていた。
やがて、ヴァルドが低く呟く。
「終わった……だが、これで前に進める」
ミリュアは短く頷き、拳を握り締める。
「……もう、誰にも奪わせぬ」
グレンは荒い息を整えながらも、仲間たちを見つめる目に決意を宿す。
「さあ、先へ進むぞ。あの先に、戦争を終わらせる道があるはずだ」
三人は互いの視線を交わし、確かめ合う。友を討った痛みは、消えることのない楔として胸に刻まれた。しかし、彼らはその重みすらも糧にする覚悟を決め、前を向く。
静まり返ったホールに、重なり合う三つの足音が響き始める――希望と決意を胸に、戦いの続きを求めて。




