第50話 巨兵の肩に座す者
巨大な不死兵が、地鳴りとともに動き出した。
聖銀で形作られた大剣が振り上げられ、次の瞬間、ホールの床を薙ぎ払うように叩きつけられる。衝撃で砕けた石片が雪崩のように跳ね上がり、逃げ場はほとんどない。
「くっ……!」
ヴァルドは身を低くし、紙一重で刃をかわす。だが、体躯の差が生むリーチは圧倒的だった。避けたと思った瞬間、別の腕が横殴りに迫る。
グレンが前に出た。獣の脚力で踏み込み、鋭い爪を振るって不死兵の脇腹を切り裂く。肉は裂けるが、致命傷には至らない。
「やはり、不死に私の攻撃は通らないか……! 援護に徹する!」
ヴァルドは大剣を振り抜き、関節部を狙って薙ぎ払う。重い一撃が入るたび、巨大な体がわずかに揺らぐが、倒れはしない。
その背後から、ミリュアの詠唱が響く。魔力が集束し、光弾となって不死兵の膝を撃ち抜いた。
「今じゃ!」
よろめいた隙を突き、三人は連携して距離を詰める。だが、その瞬間――。
ホールの奥、高所に座す女が、ゆっくりと腕を掲げた。
低く、澄んだ詠唱が空気を震わせる。次の刹那、圧縮された魔力が解き放たれ、衝撃波となってホール全体を薙ぎ払った。
「――っ!」
三人の体が同時に宙を舞う。壁に叩きつけられ、床を転がり、息が詰まる。
ミリュアは歯を食いしばりながら身を起こし、奥の女を睨んだ。
(やはり……なんて、魔力……!)
巨大な不死兵たちが、再び武器を構える。
聖銀の刃が一斉に振り上げられ、空気を裂く音が重なった。避けきれないと判断したヴァルドは、前に出て大剣を横一文字に振るい、正面の一撃を受け止める。
「ぐ……っ!」
腕に走る衝撃が、骨にまで響いた。聖銀同士がぶつかり合い、火花が散る。だが、受け止めたのは一体だけだ。左右から迫る斧と槍が、同時に間合いへ滑り込んでくる。
グレンが割り込む。床を蹴り、低く跳び、槍の柄を爪で弾き、斧の軌道を体当たりで逸らした。
「数も質も、化け物揃いだな……!」
ミリュアは後方から魔法を放つ。炸裂音とともに、不死兵の脚部が抉れ、巨体が大きく傾いた。だが、その瞬間――。
高所の女が、指先をわずかに動かす。
次の刹那、傾いた不死兵の動きが強引に引き戻される。壊れた関節が、無理矢理に繋ぎ直されるかのように、異様な角度で固定された。
「……操っておる。一本一本、魔力で直接……!」
ミリュアの声に、隠しきれない動揺が混じる。
女は微動だにせず、ただ静かに見下ろしていた。その周囲で、魔力が渦を巻き、ホール全体を覆っていく。
次の命令が下る。
巨大な不死兵が同時に踏み込んだ。床が沈み、衝撃が波となって広がる。三人の足元が揺らぎ、体勢が崩れる。
「くそ……! まともにやり合えば、押し潰される!」
ヴァルドは歯を食いしばりながら叫ぶ。
その瞬間、ミリュアが気づいた。女の視線が、兵ではなく――自分たちの動きそのものを追っていることに。
「……違う。あの者、兵を“動かしている”というより……」
ミリュアは息を呑む。
「魔力で、場を支配しておる。ここは、あの者の領域じゃ」
言葉を裏付けるように、再び魔法が放たれる。空気が重くなり、重圧が三人の体を押さえつける。呼吸すら、わずかに遅れる。
グレンが低く唸った。
「つまり……あの女を止めない限り、兵は何度でも立ち上がるってわけか」
「そうじゃな」
ミリュアは奥の女から、目を離さない。
「魔力の流れが、すべてあそこに集束しておる。操りの核……」
ヴァルドは大剣を握り直し、深く息を吸った。
「なら、やることは一つだ」
次の攻撃が来る。巨大な刃が振り下ろされる直前、ヴァルドは叫んだ。
「グレン! 兵を引きつけろ! ミリュア、俺に道を作れ!」
ヴァルドの叫びに、三人の視線が一瞬だけ交わる。
言葉はそれ以上、必要なかった。
圧倒的な力を前にしても、諦めはない。
――活路は、確かに見え始めていた。
その刹那。
奥の女が、ゆっくりと腕を持ち上げる。
次の瞬間、解き放たれた魔力が、空間そのものを叩き潰した。
「――っ!」
衝撃が直撃し、ミリュアの体が宙を舞った。床に叩きつけられ、息が詰まる。魔力の余波で視界が歪み、指先の感覚が薄れていく。
「ミリュア!」
ヴァルドが駆け寄ろうとした、その瞬間。
女が動いた。
巨大な不死兵の肩から、ふわりと降り立つ。音もなく、まるで雪が落ちるように。圧倒的な魔力を纏いながら、一直線にミリュアへと近づいていく。
「やめろ!」
ヴァルドが前に出る。しかし、女は振り返りもせず、指先を軽く振った。
次の瞬間、見えない衝撃がヴァルドを叩き飛ばす。大剣ごと弾かれ、壁へと激突した。
「ヴァルド!」
ミリュアの叫びが、震えた。
女は無表情のまま、片手でミリュアの胸ぐらを掴む。そのまま、いとも簡単に持ち上げた。
「ぐぅっ……!」
喉が締め付けられ、足が床から離れる。宙に浮いたまま、もがくことすらできない。
至近距離で、女の顔が見えた。
冷たく、静かで――どこか、懐かしい輪郭。
「ぐ……どうして……」
震える声が、無意識に漏れる。
その言葉を聞いた瞬間、ヴァルドとグレンが、同時に息を呑んだ。
ミリュアの瞳が、揺れる。
「母さま……どう、して……」
その呼びかけが、ホールに落ちた。




