第49話 静寂の奥で待つもの
シンダルを背に、四人は雪に埋もれたサンラグ鉱山へと踏み込んだ。
正面の坑道は、かつて人の手で掘り進められた旧坑道だ。今は使われておらず、天井には無数の亀裂が走り、足元の岩もわずかな衝撃で崩れ落ちそうになっている。
「ここから行くしかなさそうだな……」
ヴァルドが低く呟き、聖銀の大剣を背負い直す。
「嫌な感じがする坑道じゃの」
ミリュアも周囲を見回し、魔力の流れを探る。
中へ進むにつれ、冷たい空気が肌にまとわりつき、遠くで岩が軋む音が響いた。誰かが歩を進めるたび、天井から小石がぱらぱらと落ちる。
――その瞬間だった。
地鳴りのような音が轟き、坑道全体が大きく揺れる。
次の刹那、頭上の岩盤が崩れ落ち、視界が一気に土煙に包まれた。
「伏せろ!」
ヴァルドの叫びと同時に、巨大な岩が落下する。
轟音。
視界を塞ぐ瓦礫の壁。
「皆、無事か!?」
ヴァルドの声が、土煙越しに響く。
「なんとか、無事ですぞ!」
ダリスの声だった。
返事はあったが、壁の向こう側からだ。
崩落によって坑道は完全に分断されていた。
ヴァルドとミリュアとグレンは旧坑道の奥へ、ダリスは入口側へと引き離されている。
ダリスは瓦礫に触れ、小さく首を振る。
「参りましたな……戻るのは無理そうですぞ」
ダリスは周囲を見渡し、静かに頷いた。
「この先に、別の通路があるかもしれませんな」
一方、瓦礫の向こう側。
ヴァルドが短く言う。
「俺たちはこのまま坑道を進む。ダリスは別ルートを探すだろう」
「分断された、というわけじゃな」
ミリュアはそう言って、薄く笑った。
「……ただし、油断は禁物だ」
グレンは短く言い、足元の崩れた石を踏み越える。
「こういう時ほど、事態は思わぬ方向へ転ぶ」
二手に分かれた四人は、それぞれの道を選ぶ。
崩れかけた坑道の奥へ向かう者と、要塞の裏口を求める者。
アルグレイドの待つ中枢へ――それぞれが、別の入り口から踏み込むことになった。
◇
ヴァルド、ミリュア、グレンの三人は、崩れかけた坑道を抜け、そのまま城へと繋がる内部通路へ足を踏み入れた。
空気が、明らかに変わる。
岩肌だった壁は、いつの間にか削られ、磨かれ、無機質な城の回廊へと姿を変えていた。
天井には淡く青白い光が灯り、冷たい輝きが通路を照らしている。
最初に目に入ったのは――不死化された鉱夫たちだった。
壁際に並ぶように立たされ、ある者はつるはしを握ったまま、ある者は背を丸め、永遠に掘削の姿勢を保たされている。瞳は濁り、呼吸も鼓動もない。ただ、働いていた“そのまま”の形で、命だけが奪われていた。
ミリュアが、それを見てわずかに歯を食いしばる。
さらに進むと、通路の中央に奇妙な展示が現れた。
使い古されたヘルメット、欠けたランプ、柄のすり減った工具。
それぞれに、丁寧すぎるほど整った文字で名前が刻まれている。
まるで墓標の代わりだ。
そして、その周囲を縁取るように――聖銀が使われていた。
武器でも、護符でもない。
ただの装飾として、床や壁に張り付けられ、冷たく光っている。
「……人の命を、誇示に使うとは」
ヴァルドの低い声が、静まり返った回廊に落ちた。
そのとき、グレンが足を止める。
鋭い視線で周囲を見回し、耳を澄ませ、雪山で培った勘で空間を測る。
「……おかしい」
二人が振り返る。
「不死兵が、配置されていない」
グレンは低く続けた。
「見張りが少なすぎるな」
確かに、通路は異様なほど静かだった。
侵入者を阻む壁も罠もある。だが、迎撃のための兵が“いない”
「……守りが“待っている側”の配置だ」
その言葉に、ミリュアが小さく息を呑む。
ここは防衛線ではない。
これは――舞台だ。
ヴァルドは、聖銀の大剣を握り直し、前を見据えた。
罠でも、歓迎でも構わない。
だが、この城は、確実に“何か”を待っている。
三人は、重く張り詰めた空気を切り裂くように、さらに奥へと歩を進めた。
◇
視界が一気に開け、巨大なホールが姿を現す。天井は高く、かつて鉱脈を掘り進めるために削られた岩肌が、そのまま歪な円形を描いていた。壁面には聖銀が装飾のように打ち込まれ、鈍い光を反射している。
その光の下――
並んでいた。
巨大な不死兵が、まるで儀式の参列者のように、左右に整然と。
人の形を模してはいるが、その大きさは常識を逸している。鉱夫だった頃の名残を留めた装束は裂け、肉と骨を無理やり繋ぎ止めた体躯が、重々しい気配を放っていた。
そして、その手には――
「……聖銀、か」
ヴァルドが低く呟く。
不死兵たちはそれぞれ、聖銀で作られた剣や斧、槍を握っていた。
「冗談が過ぎるのう……」
ミリュアの声が、かすかに震える。
ホールの奥。
ひときわ大きな巨人兵が、玉座のように鎮座していた。
その肩に――
ひとりの女が、静かに腰掛けている。
長い銀髪。
かつて人であった名残を残す、気高い面影。
だが、その瞳は虚ろで、底知れない魔力の渦を宿していた。
「……なぜ、そこに……?」
ミリュアが、息を呑む。
その声に応えることなく、女はただ、ゆっくりと視線を巡らせる。
次の瞬間、ホール全体が低く唸った。
巨大な不死兵たちが、一斉に動き出す。
ぎ、ぎ、と骨が軋む音。
聖銀の武器が床を擦り、火花が散る。
「このデカブツを、操っている……!?」
グレンが歯を食いしばる。
彼女の周囲に、濃密な魔力が満ちていた。糸のように広がり、不死兵一体一体へと絡みつく。
命令の言葉はない。
だが、その存在そのものが、命令だった。
「……来るぞ」
ヴァルドは大剣を構え、一歩前に出る。
ここは、逃げ場のないホール。
聖銀武器を握る巨大な不死兵。
そして、その頂に座す――謎の女。
戦いは、避けられなかった。




