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吸血鬼の少女に血を吸われた傭兵は、迫る戦争と不死の脅威に立ち向かう  作者: 白月つむぎ


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第47話 凍土に残された希望

 夜も更け、集会小屋には炉の炎が赤く揺れていた。外では雪混じりの風が唸りを上げている。

 そのとき、勢いよく扉が開き冷気と一緒に少年が飛び込んできた。両腕いっぱいに盆を抱え、足取りは軽い。


「はいっ、晩ごはん! 遅くなってごめんなさい!」


 元気な声に、ヴァルドは思わず目を瞬かせる。


「助かる。ありがとう」


「いえいえ!」


 少年は胸を張り、盆を炉のそばに置いた。


「今日はスープ多めなんです。寒いですからね!」


「気が利くのう」


 ミリュアが微かに笑う。


「僕、フェンって言います」


 そう名乗ると、屈託なく笑った。


「鉱山で働いてた人たちの家を回ってるんです。今は戻ってきてない人、多いですし」


 その言葉に、場の空気がわずかに沈む。

 けれどフェンは気にした様子もなく続けた。


「父さんも、まだ戻ってきてないんです。鉱山に行ったまま」


 ヴァルドが視線を向けると、フェンは真っ直ぐに見返してきた。


「でも、生きてると思うんですよ。父さん、しぶといですから」


 根拠のない明るさで、言い切る。


「だから僕、父さんが戻るまで自分ができることはやろうって決めてて」


 フェンは照れたように頭をかく。


「ごはん運んだり、薪割ったり……待ってるだけ、なんて嫌だから」


 ミリュアは何も言わず、炉の炎を見る。

 その赤が、フェンの横顔を照らしていた。

 フェンは思い出したように背負い袋を下ろす。


「あと、これ。毛布です。人数分あります!」


 一枚ずつ、丁寧に手渡していく。


「ありがとう」


 ヴァルドは真剣な声音で言った。


「無理はするな」


「大丈夫です!」


 フェンは笑って手を振る。


「明日もやること、いっぱいありますから!」


 そう言って扉へ向かい、ふと思い出したように振り返る。


「……あの」


 一瞬だけ、声の調子が落ちた。


「もし、鉱山に行くなら……父さんのこと、覚えておいてもらえますか?」


 ヴァルドははっきりと頷いた。


「約束する」


 フェンは満足そうに笑い、今度こそ扉を開けて外へ出ていった。

 閉まる扉の向こうで、足音が雪に吸い込まれていく。


「多くが諦めておるこの村にも……まだ、希望を胸に抱いておる者がおるのじゃな」


「だからこそ……俺たちが折れるわけにはいかない」


 炉の炎が、静かに揺れていた。


 ◇


 翌朝――

 シンダルに、ざわめきが走っていた。


「フェンが……見当たらないんだ」

「夜明け前に、家を出たらしい……」


 戸口に立つ村人たちの声が、雪に吸われるように低く重なる。

 不安と諦めが入り混じったその響きに、ヴァルドは足を止めた。


「フェン……?」


 昨夜、食事を運び、明るく笑っていた少年の顔が脳裏をよぎる。


 グレンが人だかりをかき分け、雪の積もった地面に目を落とした。

 指でなぞるように雪を払うと、そこには小さな足跡が残っていた。


「……これは」


 足跡は迷いなく、村外れへと続いている。

 その先――白い(もや)の向こうにあるのは、鉱山へ向かう山道だった。


「もしや、鉱山に向かったのでは?」


 その言葉に、村人の間にざわりとした動揺が走る。

 ミリュアは唇を噛みしめ、静かに呟いた。


「昨日……父親が鉱山から戻らぬと話しておったのじゃ」


 ヴァルドは拳を握り、雪を踏みしめる。


「一人で行かせるわけにはいかない」


 視線を上げ、足跡の続く先を見据える。


「追うぞ。――まだ、間に合う」


 シンダルに残された不安を背に、四人は少年の足跡を追って、雪深い山道へと踏み出した。


 ◇


 雪道の先で、異変に最初に気づいたのはヴァルドだった。


 吹雪の合間、白一色の景色の中に、ひとりの小さな影が見えた。

 その周囲を取り囲むように、黒い影がじりじりと距離を詰めている。


「――あれは……」


 視線を凝らした瞬間、胸の奥が冷たくなる。


 少年だ。

 しかも、その前に立ちはだかっているのは、不死兵だった。


「フェン!」


 ヴァルドは叫び、大剣を握り直す。

 雪を蹴り、四人は一斉に駆け出した。


 ヴァルドは不死兵の横合いから大剣を振るい、不死兵の一体が雪ごと吹き飛ばされる。


「下がれ!」


 大剣を構え、フェンの前に立つ。


 間一髪だった。

 だが、次の瞬間――。


 フェンの視線が、はっと別の一点に吸い寄せられる。

 不死兵の群れの中、ゆっくりと歩み出てくる一人の男。


「……え?」


 少年の喉から、掠れた声がこぼれた。


「と、父さん……!?」


 鎧はぼろぼろで、肌は灰色に変わり果てている。

 それでも、その顔立ちだけは、間違えようがなかった。


 フェンは考えるより先に、雪を蹴って駆け出していた。


「父さん! 僕だよ、フェンだ!」


「だ、だめじゃ!」


 ミリュアの叫びが飛ぶが、届かない。


 次の瞬間、フェンの父だったものが、無言のまま剣を振り上げた。

 迷いも、感情もなかった。


「――っ!」


 振り下ろされた刃は、わずかに逸れ、フェンの身体を捉えなかった。鈍い音とともに、剣先は少年の足元の雪と地面を深くえぐり、凍った土に食い込む。


「ど、どうして……」


 声は震え、言葉にならない。


 目の前にいるのは、確かに父の姿をした“何か”。

 だが、その瞳に、かつて自分を抱き上げてくれた温もりは、もうどこにもなかった。


 雪原に、冷たい沈黙が落ちる。

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