第44話 雪原の新たな盟友
翌朝――
警戒はしていたものの、不死軍の動きは見えず、三人は胸をなで下ろした。
宿の食堂に移動すると、暖炉の火が赤々と燃え、冷えた体をじんわりと温めてくれる。
「ふぅ……やっと、温かいものにありつけるのう」
ミリュアが小さく息をつく。
三人は並んで座り、雪国ならではの料理を口に運ぶ。
濃厚なチーズとスモークされた肉、ホワイトソースで煮込まれた根菜のスープ――体を芯から温める料理に、自然と顔がほころぶ。
「こりゃあ……雪道の疲れも吹き飛びますな」
ダリスが笑いながら、スプーンでスープをすくう。
食後、疲れも癒えた三人は、早々にフロストベルクを立ち去ることに決め、荷物をまとめて街門へと向かう。
雪に覆われた街門を抜け、山道を進み始めたそのとき――
「――なっ!?」
ヴァルドが声を上げた瞬間、斜面の上から雪崩が襲いかかる。
不死兵たちの手によって雪が崩れ落ち、三人は一瞬にして白い壁に埋もれてしまった。
雪に覆われた体を必死に押しのけ、呼吸を整えようとするが、視界は真っ白で、動きは鈍い。
「くっ、抜けられん……!」
「雪に足を取られるとは、計算外じゃの!」
ミリュアが氷の雪をかき分け、必死に声を上げる。
「あらあら……動けないの?」
「――!!」
雪に埋まり、身動きの取れない三人の前で、ヴィオレッタは高くそびえる雪山の斜面から姿を現した。
直接斬りかかることはせず、代わりに彼女の指示で不死兵たちがじわじわと距離を詰める。
雪の中からは、腕だけ、脚だけがにょきりと伸び、三人を取り囲むように迫る。
「雪って、優しいようで残酷よねぇ」
ヴィオレッタの声が冷たい風に乗って響く。
「ねえ、どこから助ける? それとも……誰から諦める?」
雪の中から腕や脚を伸ばし、聖銀武器を狙う不死兵たち。ヴァルドたちは、どう足掻こうとしても体が重く、魔法も剣も使えない。絶望が迫るその瞬間だった。
「──大丈夫か!?」
遠くから、雪原を駆け抜ける足音。獣のような力強い足取りと共に、ひとりの男が現れる。厚い毛皮のマントに身を包み、腕には大きな荷物を背負っている。周囲の雪を蹴散らしながら、不死兵めがけて突進するその姿は圧倒的だった。
男は駆け寄ると、雪に埋もれた三人のすぐ前に飛び込む。蹴りと腕力で不死兵を弾き飛ばし、雪崩の圧力を利用して次々と敵を押し退けていく。わずか数瞬で、埋まりかけた三人は解放され、立ち上がることができた。
「……すまない。感謝する」
ヴァルドが息を切らしながら、感謝を口にする。
獣人の男は無言で三人を見渡し、短く頷いた。その視線の奥には、どこか懐かしさと、鋭さが光っていた。
不死兵が雪の中から体勢を立て直しかける。迫る影を前に、獣人の男は低く唸った。
「──一旦引こう」
ヴァルドが頷き、三人と男は互いに目配せをする。雪原を蹴って後退し、比較的安全な場所まで距離を取る。
雪が舞う中、背後で不死兵たちの呻きが響くが、今は攻撃を仕掛けず、戦線を整え直すだけだ。
四人は息を整え、互いの無事を確認する。
雪の冷たさが肌を刺すが、それでも一行の視線は前方──フロストベルクの方角に向けられていた。
◇
フロストベルクの街門を再びくぐる。雪に濡れた毛皮のマントが体を包み、街の石畳に小さな水たまりを作る。獣人の男は一歩前に出て、低い声で名乗った。
「私はグレン。行商でフロストベルクにやってきた者だ」
大柄な体躯に褐色の肌。鮮やかな真紅の髪を揺らし、鋭い瞳が雪の光を受けてきらりと輝く。肩幅は広く、全体から力強さと野生の気配が滲む。
頭には猫科の耳がぴんと立ち、雪で濡れて細くなった尻尾が背後で揺れていた。
「何があったんだ?」
グレンの問いに、ヴァルドは雪崩とヴィオレッタの襲撃、雪中での窮地を順を追って説明した。ミリュアとダリスも、戦いの状況を補足する。
聞き終えたグレンは、深く頷きながら額に手を当てた。
「ヴィオレッタ……聞いたことがあるな。アルグレイド軍の」
彼は目を細め、雪の光を受けて鋭く光る瞳で三人を見つめる。
「戦争のせいで私たちも行商が滞っていて迷惑しているんだ。もし、人手が必要なら私も戦闘に参加させてもらいたい」
その申し出に、ヴァルドは一瞬だけ目を見合わせた。
ありがたい話だった。
ヴァルドが一歩前に出て、グレンとしっかりと握手を交わす。
「俺は、ヴァルド。よろしく頼む」
続いてミリュアが前に出る。
「ミリュアじゃ」
小さく頭を下げ、手を差し出す。
最後にダリスも手を差し伸べる。
「ダリスですぞ」
三人それぞれがグレンと握手を交わし、互いの信頼の証を交わした。




