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吸血鬼の少女に血を吸われた傭兵は、迫る戦争と不死の脅威に立ち向かう  作者: 白月つむぎ


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第41話 千年の森に刻まれた覚悟

「わらわの村がアルグレイドに襲撃されたのじゃ……父は数年前に病で亡くなっており、母と二人だけで暮らしておった」


 その穏やかな日々は、突如として砕かれた。村に現れたアルグレイドの影は、無慈悲で、冷酷だった。

 母は必死に抵抗したが、目の前で――アルグレイドの手にかかり、無惨にも傷つけられていった。


「母さま……!」


 叫ぶミリュアをよそに、アルグレイドは母の首筋に牙を当て、深く噛みつく。鋭い痛みが走り、血が熱く全身を駆け巡る。


 だが、次の瞬間、母の体から不思議な光が滲み、傷は癒えないままに凍りつくように固まった。肉体は死の淵にあったはずなのに、意識は奇妙に鮮明で、力強く息をしている。母は――不死となってしまったのだ。


 涙で視界が滲む中、ミリュアもまた攻撃を受け、体は地面に沈み込むように重く、意識が遠のいていった。


 そのとき、母は最後の力を振り絞り、手元の聖銀の短剣をミリュアに差し出した。


「……生き……て……ミリュア……」


 そして、母は自らの牙をミリュアの首筋にあてがい、深く噛みついた。鋭い痛みとともに、血が熱く全身を駆け巡る。光のような感覚とともに、命の灯が消えかけた体に、冷たい力が染み渡った。


 気がつくと、瀕死だった体は奇妙な温もりに満たされ、傷は癒えずとも動ける力を与えられていた。母は言葉を残さず、闇の中に姿を消していった。


「……母は、その後、行方不明になった。短剣がないから……おそらく、アルグレイドの配下になったのじゃろうな」


 ミリュアの瞳がわずかに濡れるが、すぐに冷静さを取り戻す。


 その後、ミリュアは森で千年以上の歳月をひっそりと生き抜き、外界と関わらぬまま過ごした。

 そして、その森にまで戦火が広がったとき――久しぶりに出会った人間の男がいた。


「わらわは、戦火から逃げてきた少女として、怯え、震え……ただ生き延びようとしておった。その男に拾われた時、初めて人間に守られるという安堵を知ったのじゃ」


 長い沈黙の後、ミリュアは小さく息をつき、話を続ける。


「森での日々は、静かで長かった。木漏れ日の下、風が葉を揺らす音だけが聞こえる。獣や風景に囲まれた暮らしの中で、わらわは生き延びる術だけを身につけ、誰にも心を開かずに過ごしておった」


 それでも、あの男――森で出会った人間――は違った。少女として怯えるわらわを、戦火から救ったのだ。 最初はただ、恐怖と警戒だけが心を支配しておったが、彼と過ごす日々の中で、人と触れ合うことの温かさを思い出すようになった。


 水を汲む手を添えてくれること、簡単な食事を分け合うこと、炎の前で笑い合うこと――それらすべてが、わらわに生きている実感を与えた。

 だが同時に、自分が“死なぬ者”であることも痛感する。刃が胸を裂いても、傷は塞がり、痛みはやがて薄れる。孤独な永劫の時間を経て培われた感覚が、再び身体に戻るのを、わらわはひそかに感じていた。


 人間と関わることで、わらわは自らの不死を受け入れ、その力の重みと可能性を理解し始めたのだ。だが、心の奥底では常に、失った母の影と、果てしない孤独が背後からついて回っていた。


 それでも、森の中で人の温もりを知った瞬間、わらわの中でかすかな希望の火が灯った。永い時を生き延びてきたわらわにも、まだ守るべきものがある――と。


 男は傭兵をしていた。アルグレイド軍に必死に立ち向かう姿を、わらわは遠くから何度も見てきた。力強く戦う彼の背中に、自然と手を貸したくなる衝動が芽生えたのじゃ。


 わらわは男と共に戦い、共に傷を負い、少しずつ絆を深めていった。あの頃のわらわは、今思えば、彼に恋していたのだろう。だが男には家庭があった。身重の奥方もいて、わらわはそばで過ごせるだけで十分だと思った。


 そんな日々が続いたある日、男の住む村がアルグレイドの襲撃を受けた。男の子供が生まれ、数年が経った頃のことだった。


 まず奥方があっという間に殺され、次は男の番がやってきた。瀕死の状態で倒れ伏す男を前に、わらわは咄嗟に首筋に牙を向けようとした。


 だが、制止された。男は、不死の力を望まなかったのだ。


「ミリュア……この子を、頼む……これが……俺の形見だ」


 その言葉を聞いて、わらわは首筋を離した。

 男は形見をわらわに託し、子供と共に逃げることを願った。


 男から子供を抱き上げ、必死に逃げ、安全な場所にたどり着いてから、わらわは小さな手に形見を握らせた。


「しっかり生きるのじゃ……これが、わらわからの最後の願いじゃ」


 幼いその子はきょとんとした顔で形見を見つめ、まだ言葉もままならぬ様子だった。しかしその瞳には、かすかな強さが宿っているようにも見えた。


 わらわは森を抜け、街外れの孤児院へと子供を連れていった。施設の扉の前で、わらわは子供を優しく抱き上げ、職員に託す。


「この子を……よろしく頼む」


 孤児院の暖かな光の中で、その子は小さな体を震わせながらも、確かに生き延びる意志を示した。その背中に、わらわは密かに祈った。


 ――この子が、いつか強く、そして正しい道を歩めますように。


「わらわは静かに森へと戻り、ひとり不死の長い時間を生きる覚悟を新たにしたのじゃ」


 ヴァルドを見つめ、ゆっくりと口を開く。


「……なんとなく、話しておきたくなった」


 沈黙が短く流れる。

 ヴァルドはただ、ミリュアの瞳を見つめるだけで、言葉はなかった。

 その目の奥に、長い年月と悲しみ、そして守るべきものへの覚悟が光っているのを感じていた。


「……そうか」


 短く、ヴァルドは返した。

 しかし、胸の奥ではまだ、何かが引っかかっている。

 過去の断片の影が、漠然と心に残っていた。


 ミリュアはそっと視線を外し、話を終える。


「では、これで……話はおしまいじゃ」


 森の静けさだけが、二人の間に残った。

 だがその静けさは、重くもなく、ただ覚悟を照らす光のようだった。

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