第38話 奪われた聖銀、残された責任
三人は、火の都グラナフォルジュを去らなかった。
だがそれは、武器を求めて居座るためではない。
彼らが選んだのは――
街が恐れて目を背けている“内部の炎”に、踏み込むことだった。
最初に異変を感じたのは、ダリスだった。
「……妙ですな」
宿を出て、鍛冶街区の外れを歩きながら、彼は低く呟く。
「聖銀が盗まれた割に、街が静かすぎますぞ。騒ぎになるなら、もっと表に出てくるはず」
「裏で、口を封じておる者がおるということかの」
ミリュアが鋭く視線を細める。
昼間の通りでは、鍛冶の槌音がいつも通り鳴り響いていた。
だが、露骨に視線を逸らす職人。言葉を濁す行商人。誰もが何かを知っていながら、その「何か」を恐れて口を閉ざしている。
やがて、酒場の裏手。煤にまみれた壁際でダリスが掴んだ噂は、ひどく不穏なものだった。
「闇市に、聖銀らしき塊が流れたそうですぞ」
ヴァルドの眉が動く。
「この街で、か」
「ええ。それも量は少ないが、炉で溶かす前の『生の聖銀』だとか。純度は極めて高い」
それは、盗まれたものと一致していた。
さらに――
「もうひとつ、気になる話がありましてな。買い手が、街の人間ではないようです」
「……外の勢力か」
ヴァルドの声が低くなる。
「不死軍、という言葉を聞いた者がおるそうですぞ。確証はないが、妙に具体的だったと」
その瞬間、ミリュアがわずかに目を伏せた。
「内通者が……おるやもしれぬな」
静かな声だったが、その重みは重かった。
「外から奪われたのではない。炉の位置、保管場所、巡回の間。知っておる者でなければ、あれはできぬ」
ヴァルドは拳を握る。
街を守るために力を求めたはずが、その街の中ですでに力は歪んで使われ始めている。
「……武器の前に、片をつけるべきだな」
彼の言葉に、二人は黙って頷いた。
これは外敵との戦いではない。
だが、放置すればこの火の都は内側から焼け落ちる。
◇
闇市、裏炉、使われなくなった排熱坑。三人は噂を辿り、夜の街を歩いた。
聖銀は確かに動いていた。だが、痕跡はどれも途中で断ち切られている。
「遅かったか……」
ヴァルドが低く呟く。
裏取引の仲介人は姿を消し、倉庫に残っていたのは、割れた封蝋と焦げた帳簿だけだった。
ミリュアは指先で灰をすくい、静かに首を振る。
「もう戻らぬ。溶かされたか、街の外へ流れたか……どちらにせよ、今から追っても意味は薄いの」
ダリスが歯噛みする。
「つまり……街の中で、力がもう使われてしまった、ということですな」
三人は視線を交わし、無言で踵を返した。
向かう先は一つしかない。
◇
バルグの工房は、修復の途中だった。
壊された炉は仮の囲いで覆われ、火は弱々しくも、確かに生きている。
事情を聞いたバルグは、しばらく黙っていた。
煤に汚れた手で顎を撫で、やがて、低く息を吐く。
「……取り戻せねえ、か」
「すまない。俺たちがもっと早く動けていれば――」
ヴァルドの謝罪を、バルグは手で制した。
「違う。これは、俺たちの問題だ」
彼は炉を見つめたまま、ぽつりと語り始める。
「この街の聖銀はな……昔、サンラグ鉱山から掘り出したもんだ。今みたいに噂が広まる前、まだ“帰ってこられるか分からねえ場所”だった頃にな」
ミリュアの目が、わずかに伏せられる。
「仲間が何人も死んだ。崩落、魔物、呪い……それでも、命と引き換えに持ち帰った。だから、この街は線を引いてきた。誰に力を渡すのか、選ぶためにな」
バルグは振り返り、三人をまっすぐ見た。
「久しぶりに見たんだよ。アルグレイドの喉元に、真正面から牙を剥こうとしてる連中をな。あんたたちになら、あの命懸けで手に入れた聖銀を『武器』に変えて託してもいいと思ったんだ。希望ってやつを、思い出させてくれたからよ」
拳が、ゆっくりと握られる。
ヴァルドは一歩、炉の前へ踏み出した。
「聖銀はもう戻らない。それなら――どこで、誰の手で、何のために使われたのか。その『結果』に、俺が片をつける」
武器を求めるための言葉ではなかった。
街に向き合う覚悟を示す、静かな宣言だった。
短い沈黙のあと、バルグは鼻で息を吐き、小さく笑った。
「……いい目だ。奪われた銀を追うんじゃねえ。“使われた結果”と向き合うってわけか」
炉の火が、ぱちりと乾いた音を立てる。
聖銀は失われた。
だがその代わりに、追うべき道ははっきりと形を持ち始めていた。
――この街の中で、聖銀が何を生み、何を歪めたのか。
それを見届けることこそが、次に進むための条件なのだと。
火の都グラナフォルジュは、今なお燃えている。
だが三人は、その炎から目を逸らさなかった。




