第37話 火の都に走る亀裂
坑道に満ちる熱気の中、魔物が火脈と共鳴するように唸り声を上げた。天井の岩肌を伝って炎が滴り、足元の地面が赤く脈打つ。
「炎が……増しておるぞ!」
ミリュアの声に応えるように、魔物が触腕のような炎を振り回す。ダリスが前に出て、瓦礫を蹴り上げた。
「今ですぞ! 視界を散らします!」
砕けた石と灰が舞い、炎の動きが一瞬鈍る。その隙を逃さずヴァルドは踏み込んだ。剣を両手で構え、全身の力を刃に込める。
「うおおおっ!」
斬撃が炎を切り裂き、魔物の核へと叩き込まれる。鈍い衝撃とともに、巨大な体がよろめいた。
「今じゃ!」
ミリュアは短剣を収め、両手を前に突き出す。空気が一気に冷え、坑道に水の気配が満ちる。
「水よ――応えよ!」
奔流となった水が魔物を包み込み、灼熱の体表を一気に冷却する。激しい蒸気が立ち上り、耳をつんざくような悲鳴が坑道に響いた。
次の瞬間、火脈との結びつきが断たれ、魔物は重たい音を立てて崩れ落ちた。
「……なんとか、やったのう……」
ミリュアの呟きに、三人はその場に腰を落とす。顔も服も煤だらけで、互いの姿を見た途端、思わず笑みがこぼれた。
「はは……ひどい面ですぞ、ヴァルドさん」
「そっちこそな」
短い笑い声が、ようやく静まった坑道に溶けていく。
◇
その後、三人は火の都へと戻り、バルグの工房を訪れた。
煤と傷にまみれた三人の姿を見て、バルグは珍しく言葉を失い、やがて短く唸った。
「……まさか、本当に倒すとはな」
鋭い視線が三人を一巡し、やがて口元がわずかに緩んだ。
「約束は守る。聖銀の件、引き受けてやる」
炉の火がごうっと音を立て、工房に熱が満ちる。
赤く揺れる炎を背に、バルグは無言で金槌を握る。その背中は、覚悟そのものだった。
だが――その噂は、火よりも早く街を巡った。
「聞いたか。バルグの奴、よそ者に聖銀武器を打つらしいぞ」
「正気か? 不死軍を呼び込む気かよ」
鍛冶場の一角、低く抑えた声が集まる。
その中心にいたのは、ギルド幹部の一人と、バルグと腕を競ってきた別の鍛冶師だった。
「外から来た連中に、街の聖銀を渡すなど論外だ」
「英雄気取りに力をくれてやれば、この街がどうなるか……」
反発は、すぐに行動へと変わる。
◇
夜半、工房に異変が起きた。
炉の一基が破壊され、床には叩き割られた耐火石。保管されていた聖銀の一部が、忽然と消えていた。
「……やられたか」
戻ってきたバルグは、荒らされた工房を前に低く唸った。
ヴァルドは剣の柄に手を置き、ダリスは周囲を警戒し、ミリュアは奪われた聖銀の気配を探るように目を細めた。
翌朝、事態は公になる。
「管理不行き届きだ」
「製作は一時停止とする」
ギルドの裁定は早かった。
責任を問われたバルグは、工房の使用を制限され、聖銀庫への立ち入りも封じられる。
「納得できぬ、これは――」
「静かにしろ。街を守るための判断だ」
ざわめく鍛冶師たちの視線が、自然と三人に集まる。
恐れ、警戒、そしてわずかな敵意。
「……俺たちが、火種だって顔だな」
ヴァルドが小さく呟く。
「力を求めれば、こうなる。珍しい話ではありませぬ」
ダリスは笑おうとして、やめた。
ミリュアは黙したまま、拳を握る。
守るために来た街で、争いを生む存在になりかけている――その現実が、重く胸に落ちた。
「放っておけば、この街は内側から割れる」
バルグは低く言う。
「だが、俺は逃げん。打つと決めたからな」
三人は選択を迫られる。
街の側に立つのか。
それとも、街が恐れる“混乱の象徴”として退くのか。
火の都グラナフォルジュは今、外敵ではなく――
己の中に燃え上がる炎を、試されていた。




