第36話 火の都の試練
ヴァルドの目が、わずかに見開かれる。
「条件、とはなんだ?」
「ああ。金でも名声でもねえ」
バルグは低く唸るように言い、工房の奥――火脈へと続く通路の方角を顎で示した。
「最近、この街の外れで“炉を喰う魔物”が出てる。火脈に巣食い、鍛冶を止める厄介者だ」
その言葉に、ミリュアの表情が引き締まる。
「火を断たれれば、この街は終わりじゃ。鍛冶師の都として、な」
「そういうこった」
バルグは鼻を鳴らす。
「そいつを始末してこい。火脈を取り戻せ。それができたら――」
彼は一歩踏み出し、ヴァルドを真正面から見据えた。
「聖銀の武器を打つ。逃げも、手抜きもなしだ」
しばしの沈黙。
ヴァルドは迷わず頷いた。
「引き受ける」
ミリュアも短く息を吸い、静かに言う。
「火を守るための戦い……悪くない」
ダリスは拳を鳴らし、豪快に笑った。
「鍛冶師の都を救って、刃も手に入れる! 一石二鳥ですぞ!」
バルグはその様子を見て、口の端をわずかに吊り上げた。
「言ったな。戻ってこい。火が生きてりゃ――刃も生きる」
火の都グラナフォルジュで、三人は“刃を得るための戦い”へと踏み出すことになる。
◇
火脈へと続く地下坑道は、熱と湿気がまとわりつくように重く、息をするたび喉が焼ける感覚があった。
壁に走る亀裂の奥から、赤黒い光が脈打つように滲み出ている。
「……嫌な気配じゃな」
ミリュアが低く呟いた、その直後だった。
ずるり、と。
溶けた岩を引きずるような音とともに、それは姿を現した。
炉を喰う魔物――胴は巨大な蛭のようにぬめり、表皮には黒く焦げた鱗と溶岩が癒着している。裂けた口腔の奥では、赤熱した歯が不規則に蠢き、焼けた肉と鉄の臭いが坑道に充満した。
「……これは、強敵ですぞ」
ダリスが呻く間もなく、魔物は地面を割り、弾丸のように突進してくる。
「来るぞ!」
ヴァルドは前に出た。
剣で受け止めた衝撃は凄まじく、腕が痺れる。だが、退くわけにはいかなかった。
次の瞬間、側面から伸びた灼熱の触肢が、彼の脇腹を深く抉った。
「ぐっ……!」
血が噴き、視界が揺れる。
膝をつきかけた、そのときだった。
――熱い。
だが、痛みは長く続かなかった。
裂けた肉が、音もなく蠢く。
骨が繋がり、血が引き、傷口が内側から塞がっていく。
「……え?」
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
しかし、確かに見えた。
自分の身体が、“元に戻る”様子を。
ヴァルドは無意識に、その脇腹に手を当てる。
そこには、傷一つ残っていなかった。
――今までも怪我はしてきた。
だが、ここまで明確に“再生”を意識したことはない。
背筋に、ひやりとしたものが走る。
(……俺は、本当に)
不死の者になったのだ、と。
剣を握る手に、わずかな震えが走った。
それを振り払うように、ヴァルドは前を向く。
「……考えるのは後だ」
目の前には、まだ倒すべき魔物がいる。
溶岩を滴らせながら、炉を喰う魔物は再び身をうねらせ、三人へと牙を剥いた。
三人は距離を取りながら、互いの動きを確かめ合う。
無闇に斬り込めば、炉を喰う魔物はすぐさま火脈と繋がり、熱と炎を纏って反撃してくる。
事実、魔物は地に腹を擦りつけるように身をうねらせ、坑道の壁に走る火脈へと体を沈めた。
次の瞬間、赤黒い光が脈打ち、溶岩が血管のように魔物の体表を這い上がる。
「……炎が厄介じゃの」
ミリュアが歯噛みする。
灼熱の奔流が放たれ、坑道の床を焼き、空気そのものが歪む。
逃げ場を塞ぐように炎が広がり、三人の足場を奪っていった。
「俺が防ごう。その隙に魔法を頼む」
ヴァルドは即座に前へ出た。
剣を盾代わりに構え、迫り来る炎の直線上に立つ。
「無茶ですぞ!」
「大丈夫だ!」
炎が正面から叩きつけられ、鎧が焼ける音が響く。
熱が肌を刺し、息が詰まる――だが、ヴァルドは一歩も退かなかった。
その背後で、ミリュアが短剣を握り直し、低く詠唱を紡ぐ。
「――静まりなさい」
短剣の刃が淡く光り、炎の流れがわずかに鈍った。
ダリスも動く。
壁を蹴って高く跳び、天井近くから瓦礫を蹴り落とし、魔物の視界を乱す。
「こっちですぞー!」
熱と衝撃が交錯する中、三人は確かに役割を果たしていた。
だが、炉を喰う魔物はなおも火脈と繋がり、さらに深く、さらに禍々しい熱を溜め込んでいく。
――このままでは、押し切られる。
そう直感した瞬間、ヴァルドは歯を食いしばりながら叫んだ。
「次で決めるぞ!」
坑道に、灼熱と決意が同時に満ちていった。




