第34話 火の都グラナフォルジュ
火の都グラナフォルジュは、遠目にも異様だった。
街全体を囲む分厚い城壁は黒く煤け、ところどころに補強の痕が残っている。壁の上には見張り台が等間隔に並び、昼間だというのに松明の火が絶えず焚かれていた。
門前に近づいた瞬間、ヴァルドは足を止める。
門は一つ。重厚な鉄扉が固く閉ざされ、その前には武装した衛兵が何重にも配置されている。人間だけではない。魔族、獣人、さらには鍛冶師らしき者まで、皆が武器を携えていた。
「……思った以上じゃな」
ミリュアが低く呟く。
門の前には列ができていたが、誰もがすぐには通されない。荷を開けさせられ、身元を問われ、魔力や呪いの有無まで調べられている様子だった。
「不死軍対策、ですな」
ダリスが腕を組み、唸る。
「聖銀を扱う街ですぞ。狙われぬはずがない」
実際、門の脇には焦げ跡の残る石畳と、修復途中の防壁があった。過去に何度か襲撃を受けたことは、見ただけで分かる。
列の前方で、行商人らしき男が歩みを進めた、その瞬間だった。
「待たれよ」
低く響く声に、男は足を止める。
門を守る衛兵が一歩前に出て、槍の石突を石畳に打ちつけた。
「聖銀を持っているかどうかは問わん」
その言葉に、周囲の者たちがわずかにざわめく。
「だが――それを何に使うのか。誰のために持ち込むのか。それは、ここで確かめさせてもらう」
衛兵の視線は、行商人だけでなく、列に並ぶ全員へと向けられていた。
衛兵の視線は鋭く、逃げ場を与えない。
「ここはグラナフォルジュ。戦争を起こすための力を、無闇に外へ流す街ではない」
別の衛兵が続ける。
「身分を示せ。紹介状、所属、目的。どれか一つでも曖昧なら、入都は許可できん」
ヴァルドは息を呑んだ。
武器の需要が高まる戦乱の世で、それでもこの街は線を引いている。
――誰に力を渡すのかを、選ぶ覚悟を持って。
行商人は喉を鳴らし、背負った荷を指さした。
「鋼材と工具だ。南の村から頼まれてな……武器じゃない」
衛兵は一切表情を変えず、隣の検分役に目配せする。
「荷を下ろせ。封を切る」
短い命令に、行商人は渋々と荷袋を地面へ下ろした。紐が解かれ、布がめくられる。中から現れたのは、農具の刃、鍬の先、折れた鎌――確かに武器ではないが、加工次第では刃にもなる代物だった。
「用途は?」
「畑だ。村は魔物に荒らされていてな……守る手段が欲しいだけだ」
衛兵は一つ一つを手に取り、重さと刃の角度を確かめる。その視線は冷静で、感情の揺れがない。
「名と行き先」
「ローデン。行き先は南のオルザ村だ」
検分役が帳面に書き込み、しばしの沈黙が落ちる。列の後ろでは、息を詰める気配が広がっていた。
やがて、衛兵が一歩退く。
「通行を許可する。ただし――」
行商人が顔を上げる。
「刃を武器に転じたと判明した場合、次はない。覚えておけ」
「……承知した」
ローデンは深く頭を下げ、荷を担ぎ直して門の内へ消えていった。
列に、ほっとした空気が流れる。だが、それは長く続かなかった。
「次」
衛兵の声が、再び石畳に落ちる。
その様子をじっと見つめていたミリュアが小さく囁く。
「油断は禁物じゃの」
「ええ。試されますぞ、これは」
ダリスの言葉に、ヴァルドは静かにうなずいた。
火の都グラナフォルジュ。その門は、力を求める者に等しく開かれるわけではない。
次に選ばれるのが――自分たちかどうか。
それは、これから示す覚悟次第だった。
◇
ほどなくして、衛兵の視線がこちらを射抜いた。
「次。お前たちは、何を求めて来た?」
ダリスが口を開きかけるが、ミリュアが静かに制する。その一歩前に出たのは、ヴァルドだった。
彼は剣に手をかけない。代わりに、腰元の懐中時計を強く握りしめる。
「武器を売ってくれとは言わない」
衛兵が眉をひそめる。
「ならば、なぜこの街へ来た」
「不死軍と戦うためだ」
短く、しかし揺るぎない声だった。
「俺たちは、武器がなくても人を守るために戦ってきた。だが……それでも、守り抜く力を選びたい。誰かを殺す力じゃなく、守るための力を」
沈黙が落ちる。列の後方で、誰かが息を呑む音がした。
その沈黙を破ったのは、ミリュアだった。彼女は一歩前に出て、短剣を掲げる。見せつけるでもなく、ただそこにある刃として。
「これは、不死を終わらせるための刃じゃ。人に向けたことは、一度もない」
言葉は少ない。それでも、重みだけは確かだった。
ややあって、ダリスが腕を組み、にやりと笑う。
「もし我らが戦を広げる者なら、ここに来る前に街を一つ二つ吹き飛ばしておりますぞ?」
衛兵が言葉に詰まる。
「ですが、そうはしておらん。壊さずに守るほうが、よほど難しいですからな」
列に、低いざわめきが広がる。
しばらくの沈黙の後、門番の長らしき男が一歩前に出た。
「……よい」
周囲が息を呑む。
「正式な身分はないが、信用に足る。今回はそれで十分だ。この街は、力を欲する者ではなく、力に責任を持つ者を迎える」
重厚な音を立てて、門が開き始めた。
「入れ。だが忘れるな――ここで得た力で戦を広げれば、その時は我らが敵になる」
「……承知した」
ヴァルドは深くうなずき、門をくぐる。
その背で、ミリュアが小さく呟いた。
「……やはり、あの方の子じゃの」
ヴァルドには聞こえない。だが、握りしめた懐中時計が、ほんのわずかに熱を帯びた気がした。
火の都グラナフォルジュ――選ぶ覚悟を持つ街は、静かに彼らを迎え入れた。




