第33話 聖銀武器を求めて、火の都へ
夜。
エルグラードを離れた一行は、風を避けられる岩陰に小さな焚き火を起こし、野営の準備を整えていた。火の揺らめきが地図の端を照らし、影がゆっくりと伸び縮みする。
ヴァルドは膝の上に地図を広げ、指先で街道をなぞった。
「しかし、そろそろ聖銀武器がミリュアの短剣一択では追いつかなくなってきたな」
眉根を寄せたその声に、ダリスが腕を組んで唸る。
「不死兵の数も質も、明らかに上がってきておりますぞ。短剣一本に任せきりでは、ミリュアさんの負担が大きすぎますな」
焚き火の向こうで、ミリュアは静かに頷いた。
「そうじゃな。わらわたちも聖銀武器を手に入れねばならぬ」
短剣の柄に触れながら、彼女は地図を見つめる。その視線は一点に留まらず、鉱山、街、街道――次に進むべき可能性を冷静に拾い上げていた。
そのとき、ダリスが地図の一角を指で叩いた。
「なら話は早いですぞ。鍛冶師の街ですな」
「鍛冶師の街?」
「ええ。武器を作る者が集まる場所。戦が近づけば、噂も素材も流れ込む。聖銀の加工技術が残っている可能性も高いですぞ」
ミリュアはしばし考え、静かにうなずいた。
「……なるほど。武器を求める者が集まる場所なら、不死軍も目をつけぬはずがない」
「危険だが、行く価値はある」
ヴァルドはそう言って、地図の火の印が描かれた街を見つめた。
しばし沈黙が落ちる。
彼は無意識のまま、胸元に手をやり、服の内側から懐中時計を取り出した。
月明かりを受けて、古びた蓋がかすかに鈍い光を返す。
親指で蓋をなぞり、ゆっくりと開く。
規則正しい音を立てて、針は変わらぬ速さで時を刻んでいた。
「……もし、この中の聖銀を溶かせば」
ヴァルドは独り言のように呟く。
「俺の剣は、もっと多くを守れるかもしれない」
答えは求めていない。
それでも、その言葉は夜気の中に残った。
ミリュアは焚き火越しに、その様子を静かに見ていた。
一瞬だけ、言葉を選ぶように目を伏せる。
短剣を握る指に、わずかな力がこもった。
ダリスは空気を察したのか、あえて明るく笑う。
「まあまあ、まずは鍛冶師に話を聞いてからですぞ! 腕の立つ職人なら、別の道も示してくれるでしょうな」
ヴァルドは小さく息を吐き、懐中時計を閉じた。
その音は、焚き火の爆ぜる音に紛れて、ひどく小さかった。
――守るために、何を捨てるべきか。
――捨ててはならないものは、何か。
答えはまだ、火の印の街の向こうにある。
◇
――翌朝。
夜露の残る草を踏みしめ、三人は野営地を後にした。
空は淡く白み始め、東の稜線から差す光が、地図の上の火の印を照らしている。
向かう先は、鍛冶師の街・グラナフォルジュ。
古くから聖銀の加工を許された職人たちが集う、火と鉄の都だ。
街道に入ると、次第に空気が変わっていく。
遠くで金属を打つ音が、風に乗って微かに届き始め、土の匂いに煤と鉄の香りが混じる。
「もう、この辺りからですな……」
ダリスが鼻を鳴らし、笑みを浮かべる。
「鍛冶師の街は近いですぞ。空気が違う」
ヴァルドは無言のまま歩きながら、胸元の懐中時計に一度だけ視線を落とした。
それはまだ、何も変わらず時を刻んでいる。
ミリュアは前を見据え、短剣の柄に指を添える。
この街が、答えを与えてくれるとは限らない。
だが――進まねば、何も始まらない。
火の都グラナフォルジュ。
そこで待つのは、希望か、それとも新たな選択か。
三人は並び、朝の街道を歩き続けた。




