第31話 霧の街道、抗う刃
街道は混乱に包まれていた。
人間や魔族、獣人たちが驚きと恐怖で走り回り、石畳の上で足音が跳ね返る。
子どもを抱えた親は必死に安全な広場へと逃げ、商人たちは屋台の品物を投げ出しながら避難する。
煙と焦げ臭い匂いが街全体を覆い、瓦礫が散乱した通りを縫うようにして逃げ惑う人々の姿が、戦場となった街の現実を浮き彫りにしていた。
ヴァルドは剣を握りしめ、前に立ちはだかる。
「ここは俺が……止める!」
灰色の瞳を持つ不死兵が襲いかかる。剣先で攻撃を受け止め、突進を防ぐたびに石畳が震えた。
ダリスは高く跳び、瓦礫を投げつけながら叫ぶ。
「さあ、こっちですぞーーー!」
不死兵の一体が彼を追う。その隙にヴァルドは剣を振り下ろし、進軍の手を止めた。
ミリュアは路地から飛び出し、短剣を敵の急所へ突き入れる。
「ここで終わりじゃ!」
敵の体が静かに崩れ、倒れる。
三人の動きが絡み、街道はわずかながらも戦局を保っていた。
しかし、霧の向こうにはまだ無数の影が蠢いていた。戦場を囲むように現れる敵の数は減るどころか、まるで無限に湧き出すかのようだった。
「キリがありませんぞ……!」
ダリスが叫ぶ。疲労と焦燥が声に滲む。
ヴァルドも眉を寄せ、必死に状況を見極める。
「……どうすれば、住民を守りつつ戦えるか……」
ミリュアは短剣を握り締め、鋭い視線を霧の向こうに送る。
「逃げ道を確保するか、敵の分断か……いや、増えすぎておる」
そのとき、低く響く女性の声が霧を切った。
「見つけたわぁ。聖銀をこっちに渡しなさい!」
霧の向こう、薄闇に濃紫の髪が揺れ、優雅ながらも緊張感のある立ち姿――ヴィオレッタが現れた。
鎧に施されたアルグレイドの紋章が、わずかに光を反射し、冷たい余裕と威圧を放っている。
「──来たか!」
霧の中で、ヴィオレッタの濃紫の髪が揺れる。レイピアがきらりと光り、口元には冷たい笑みを浮かべている。
「多勢に無勢――苦しそうね?」
鋭い突きがヴァルドへ向かう。彼は剣で受け止めながら、息を整える。
「まだ、引くわけにはいかん!」
周囲の不死兵も次々に襲いかかり、前線は押され気味。石畳に響く金属音と足音が、街全体を戦場に変えていた。
「うっ……こいつ、速い!」
「油断するな、次から次へと来るぞ!」
ミリュアの短剣が不死兵の急所を突くが、ヴィオレッタの攻撃で振り切られ、苦戦は続く。
その時、背後から小さな光とともに薬品の瓶が飛んできた。
「これでもどうぞ!」
メルティの声とともに薬品が炸裂し、不死兵の動きを一瞬封じる。ヴァルドはその隙に前に踏み込み、剣を振るって立て直す。
「助かった……!」
「まだまだ! こっちもどうぞ!!」
メルティの声とともに、手元の小瓶が炸裂した。煙と閃光が不死兵の視界を一瞬遮り、動きが鈍る。
その隙に、ダリスが跳躍し、石畳の瓦礫を蹴り飛ばす。ヴィオレッタは咄嗟に避けるも、足元が狂い、体勢をわずかに崩した。
「ぐっ……!」
その瞬間を逃さず、ヴァルドが前に踏み込み剣を振るう。ヴィオレッタが攻撃を受け流そうとするところに、ミリュアが短剣を突き立てる。
「……ここまでじゃ!」
短剣が肩口を深くかすめ、ヴィオレッタは思わず息を詰めて後退する。
鎧に擦れる音が響き、濃紫の髪が乱れ、冷たい余裕の表情に一瞬だけ鋭い痛みが滲んだ。
致命傷ではない――しかし、確実に攻撃は通ったことを、彼女自身も感じ取っていた。
「くっ……撤退よ! 全軍、退くのだ!」
ヴィオレッタの声と共に、残る不死兵たちも慌てて引き上げていく。街道に残された影は徐々に消え、霧の中に静けさが戻った。
三人は息を整え、互いの目を交わす。
「住民は無事か?」
「はい、全員安全な広場に避難できました」
ミリュアは短剣を拭いながら頷き、ヴァルドは剣を下ろす。ダリスも大きく息を吐き、満足げに笑った。
「ふぅ……なんとか凌ぎきったですぞ」
街道には静かな風が戻り、住民たちの安堵の声が遠くで響いていた。




