第2話 孤独な戦士を選んだ理由
森の中、夜風が木々を揺らす。
ヴァルドは地面に腰を下ろし、ミリュアがくべた小さな焚き火の温もりに手をかざした。
戦場で受けた傷の痛みは、まだ完全には消えていない。
だが、火のそばで呼吸を整えるうちに、少しだけ安堵感が胸を満たす。
「……森を抜けるのは、明日にしておいたほうが無難だな」
ヴァルドは短く呟き、背中を焚き火に向ける。
小さな炎が、彼の鎧の傷や血の跡を柔らかく照らしている。
「ふむ……賢明じゃな」
ミリュアは火の傍らに腰を下ろす。
小柄な体に似合わず、森の中で不思議な安定感を漂わせる。
「……なあ、ミリュア」
ヴァルドは少し戸惑いながらも口を開いた。
吸血鬼化の力で傷は癒えたが、心の中にはどうしても引っかかる疑問が残っていた。
「俺を助けてくれた理由を……教えてくれ」
焚き火の揺れる光が、彼の目に反射する。
血を吸われて力を得たとはいえ、なぜ自分を見捨てずに助けたのか――。
「理由のう……」
ミリュアは小さく笑みを浮かべ、指先で火の粉を弾く。
その動作は、まるで何千年もの時間をゆったりと生きてきたかのように優雅だった。
「わらわは、孤独で弱き者が消えていくのを見るのが、耐えられんのじゃ」
ヴァルドは思わず息を呑む。
簡単に言えば慈悲かもしれないが、その口調には不思議な確信と温かさが宿っていた。
「……孤独で弱き者、か……」
彼の胸に、戦場で幾度も味わった無力感が蘇る。
幼い頃に故郷を失い、家族を失い、ただ生き抜くためだけに剣を振ってきた自分――。
その孤独を、彼女は瞬時に見抜いたのだろうか。
「わらわはお主の命を見捨てぬと決めたのじゃ。なぜかと問われれば……面白そうだからじゃよ」
「……面白そうだから、か」
ヴァルドは少し呆れたように眉をひそめる。
戦場でも、仲間を失った状況でも、誰かに命を面白がられるというのは初めての感覚だった。
「うむ。お主はまだ若く、己の意思で生きようとする力がある。そこに惹かれたのじゃ」
ミリュアは焚き火の向こうで、真剣な表情でヴァルドを見つめる。
ただの好奇心ではなく、彼の存在そのものに価値を見出しているようだった。
「……なるほどな。……俺の存在を、見抜いたと……」
ヴァルドは剣を軽く握り直す。
吸血鬼化して得た力は戦闘では役に立つかもしれない。だが、それ以上に、こうして自分を理解してくれる者がいるということが、胸を熱くした。
「それに、わらわは長く生きすぎて、色々な命を見てきたからのう。死の瀬戸際に立つ者を放っておけんのじゃ」
「……長く生きすぎて……か」
ヴァルドは小さく呟き、ミリュアの目を見た。
その目には、単なる少女の好奇心ではなく、千年の時間の重みが宿っているように感じられた。
「……わかった。……ありがとう、ミリュア」
ヴァルドはやっと言葉を紡ぐ。
戦場で生き延びることだけに執着してきた男が、初めて心からの感謝を口にした瞬間だった。
焚き火の明かりが照らされ、森は静まり返る。
生と死の狭間で出会った二人の影は、互いを求めるように寄り添い、これからの旅の始まりを告げていた。
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