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吸血鬼の少女に血を吸われた傭兵は、迫る戦争と不死の脅威に立ち向かう  作者: 白月つむぎ


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第28話 混ざり合う街、忍び寄るもの

 メルティは背中の大きな荷袋を背負い直し、丸眼鏡を指先で軽く押し上げた。行商人らしい落ち着いた仕草で周囲を見渡し、通りの様子を確かめる。


「実はね、あたし……エルグラードへ行商に向かってる途中だったの。薬草とか、ちょっと珍しい薬品とかを売りに」


 その言葉に、ヴァルドは目を見開いた。


「奇遇だな。俺たちも、次はエルグラードを目指している」


「えっ、本当? じゃあ同じ道だね!」


 ぱっと表情を明るくしたメルティは、小さく胸を張った。


「それなら、お礼も兼ねて案内するよ。あたし、もう何度もあの街に行商してるから、だいたい勝手はわかってるの」


 ◇


 半日ほど歩いた先、丘を越えると――石造りの街並みが視界いっぱいに広がった。


 エルグラード。

 古い城壁に囲まれた交易都市で、人間の建てた重厚な建築の合間に、魔族や獣人の意匠を取り入れた建物が混ざり合っている。

 尖塔の影を翼持ちの魔族が横切り、角を持つ者と人間が並んで門をくぐる光景は、どこか不思議で、しかし自然だった。


「ここがエルグラードだよ」


 メルティの声には、慣れ親しんだ街への親しみが滲んでいる。


 門を抜けると、石畳の通りは人で溢れていた。

 獣人の商人が毛並みの良さを誇る布を広げ、魔族の薬師が色とりどりの薬瓶を並べ、淡く光る液体を客に見せて回っている。人間の子どもたちがその間を縫って走り回り、異なる種族の声が雑多に混ざり合っていた。


「広場は特に賑やかだよ」


 案内されるまま辿り着いた中央広場には、色とりどりの屋台が円を描くように並んでいた。香辛料の効いた肉串、甘い果実酒、川魚を香草で包んで焼いた料理――湯気と香りが渦を巻く。


「それ、絶対食べたほうがいいよ。エルグラード名物の香草焼き。あと、この蜜菓子もおすすめ」


 ダリスは早くも目を輝かせている。


「ど、どれからいきますかな……!」


 ミリュアは小さく笑い、街を見渡した。


「種族が違っても、こうして暮らしておるのじゃな」


「この街は交易が命だからね。争ってる暇がないの」


 メルティはそう言って、少し声を落とす。


「だから……最近の噂は、正直怖いよ。不死軍の動き、ここにも影を落とし始めてる」


 ヴァルドは頷き、表情を引き締めた。


「宿も、静かなところがいいなら北区画がおすすめ。情報を集めたいなら、南の酒場街。どっちにする?」


 三人は顔を見合わせる。


「まずは宿じゃな。長旅の疲れを落としたい」


「同意だ。そのあとで情報を集めよう」


「了解ですぞ!」


 こうして四人は、雑踏の中へと足を踏み入れていく。

 人間と魔族、獣人が肩を並べるこの街の喧騒が、ただ賑やかに彼らを迎えていた。


 ◇


 夜が近づくにつれ、街の喧騒は別の顔を見せ始めた。

 通り沿いの灯籠に次々と火が入れられ、石畳は淡い橙色に染まる。昼間は商談の声が飛び交っていた広場も、今は食べ物の香りと笑い声が満ち、どこか肩の力が抜けた空気に包まれていた。


「まずは宿じゃな。今日は移動と戦いで、さすがに疲れたわい」


 ミリュアがそう言うと、メルティは迷いなく歩き出す。


「だったら、あっち。値段も良心的だし、種族問わず泊めてくれる宿よ」


 案内された宿は、石造りの二階建てで、軒先には風除けの布が揺れていた。中に入ると、香草の匂いと木の温もりが迎えてくる。受付には人間の女性と魔族の青年が並び、息の合った様子で客を捌いていた。


「……ここなら安心できそうだな」


 ヴァルドの呟きに、ダリスも大きくうなずく。


「ええ、背中を預けられる宿ですぞ!」


 三人は受付へ進み、宿帳を差し出される。

 ヴァルドが名を書き、続いてダリス、最後にミリュアが筆を取った。

 メルティもまた慣れた様子で宿帳に名を書き、


「あたしは別の部屋を取るわ。明日も早いから」


 と荷袋を担ぎ直した。


 最低限の荷を置いた四人は、再び街へと戻った。

 メルティの案内で立ち寄った屋台では、香辛料を効かせた串焼きや、湖魚を揚げた軽食が並び、ダリスは目を輝かせる。


「こ、これは……食べ歩きの聖地ですな……!」


「浮かれるのはほどほどにせい。情報収集も忘れるでないぞ」


 そう言いながらも、ミリュア自身も屋台の品を一つ手に取り、静かに味わっていた。


 そのとき――

 通りの端で、ひそひそと交わされる低い声が耳に入る。


「……最近、南の方で不死の連中を見たって話だ」

「聖銀を積んだ隊商が襲われたらしい」


 ヴァルドは足を止め、さりげなく視線を向ける。

 メルティもまた、商人の勘なのか、わずかに表情を引き締めた。


「……どうやら、この街も無関係じゃなさそうね」


 賑やかな灯りの下で、不穏な噂は確かに息づいていた。

 人と魔族と獣人が共に笑うこの場所にも、確実に――アルグレイドの影は近づいている。


 四人は言葉を交わさぬまま視線を合わせ、静かにうなずく。

 今夜は休む。しかし、明日からは――この街でも、何かが動き出す。


 その予感だけが、胸の奥で重く響いていた。

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