第27話 行商人メルティとの出会い
――翌朝。
窓から差し込む柔らかな光と、朝食の支度をする音で目を覚ます。
台所からは、湯気の立つ鍋の音と、香ばしく焼ける魚の匂いが漂ってきた。
卓には温かいスープと素朴なパン、川魚の塩焼きが並べられ、ラグナの母が手際よく器を配っていく。
妹は少し照れた様子で水を運び、父は静かに頷きながら三人に席を勧めた。
「朝はしっかり食べていってください」
その言葉に、ダリスは目を輝かせる。
「これはありがたいですな。戦に向かう者の腹は、常に満たしておかねば」
ヴァルドは黙って箸を取り、温かいスープを口に運ぶ。
優しい味が喉を通り、胸の奥に静かな力が満ちていくのを感じた。
ミリュアもゆっくりと食事を味わい、穏やかな表情で頷く。
「……良い村じゃの」
短い言葉に、ラグナは小さく笑った。
食卓には、先日の戦いの重さとは対照的な、静かで確かな温もりがあった。
三人は言葉少なに食事を終え、それぞれが次の道行きを胸に思い描いた。
◇
食事を終えた後、ラグナは真剣な表情で三人に向き直った。
「俺は、この村に残ります。この村を守りながら、人間と魔族が手を取り合えるってことを、ここから広げていきたい」
その声には迷いがなかった。
「魔族軍の動きや、不死軍の情報も集めます。何か分かれば、必ず知らせます」
ヴァルドは頷き、静かに答える。
「ああ。俺たちはサンラグ鉱山を目指す。ただし、一直線には行かない。各地で情報を集めながら進むつもりだ」
ダリスも腕を組み、力強く言った。
「人間軍も魔族軍も、このままでは共倒れですからな。真実を知る者を増やさねばなりませんぞ」
ミリュアは穏やかに微笑み、ラグナの肩に手を置く。
「ここは頼んだぞ。小さな灯りでも、闇を裂くには十分じゃ」
「……はい」
短い別れの後、三人は村を後にした。
背後で手を振るラグナの姿が、森の緑に溶けていく。
◇
次に向かうのは――交易都市エルグラード。
山と平原の境に築かれた中規模の街で、人間と魔族、さらには獣人やドワーフまでもが行き交う情報の集積地だ。表向きは中立を保っているが、その裏では各勢力の思惑が複雑に絡み合っているという。
サンラグ鉱山へ至る道を探るにも、不死軍の動きを知るにも、避けては通れぬ場所。
三人は新たな目的を胸に刻み、次なる街へと歩みを進めた。
まだ小さな同盟の火を、消さぬために。
◇
街道を外れ、なだらかな丘と森の境目を進んでいると、前方に不自然に大きな影が揺れているのが見えた。
近づくにつれ、それが一人の旅人だと分かる。桃色のおさげ髪を揺らし、丸い眼鏡の奥で必死そうに前を見据えながら、大きな荷袋を背負った獣人の少女だった。猫科らしい三角の耳が、緊張したようにぴくりと動く。
「あっ……た、旅の方ですか?」
少女は三人を見るなり、ほっとしたように肩の力を抜いた。
「私はメルティ。行商をしてる獣人よ。薬品や保存食を各地に運んでるの」
そう言って、背中の荷物をぽんと叩く。中で瓶がかすかに触れ合う音がした。
「この先、街道の様子はどうなっておる?」
ミリュアが尋ねると、メルティは少し声を落とす。
「最近、不死軍の動きが活発だって噂よ。それに……この辺り、妙な魔物が出るようになったの。地面の下から、ぬるっと――」
その瞬間だった。
足元の土が泡立つように盛り上がり、粘液をまとった異形が姿を現す。胴は長く、鱗とも苔ともつかぬ質感に覆われ、複数の細い触腕が不規則に蠢いている。目らしき器官はなく、代わりに空気を震わせる低い鳴動が響いた。
「初めて見る魔物だな……!」
ヴァルドが剣を抜き、前に出る。
「後ろに下がっておれ!」
「は、はいっ!」
メルティが慌てて距離を取るのと同時に、魔物が地を滑るように突進してきた。
ヴァルドが正面から斬りかかり、硬い感触に舌打ちする。その隙を突き、ミリュアが横から踏み込み、触腕を短剣で断ち切った。切り口からは黒ずんだ液体が噴き出す。
「ぬめりが厄介ですぞ!」
ダリスが気合と共に拳を叩き込み、衝撃で魔物の胴体が大きく歪む。
「今よ!」
メルティの声と同時に、小さなフラスコが宙を舞った。割れた瓶から淡い煙が広がり、魔物の動きが鈍る。
「麻痺薬です!」
「助かる!」
ヴァルドは一気に距離を詰め、鈍った胴を深く斬り裂いた。ミリュアがトドメとばかりに心臓部と思しき箇所を突き、魔物は震えながら地面に崩れ落ちる。
ぬめる音が止み、森に静けさが戻った。
「ふう……なんとか、ですな」
ダリスが息を吐くと、メルティは目を丸くして三人を見つめた。
「すごい……! 三人とも、ただの旅人じゃないわね」
彼女は深く頭を下げ、眼鏡の奥でまっすぐに笑った。
「助けてくれてありがとう。これは……縁ができた、ってことかしら?」
街道には、再び歩き出すための静かな風が吹いていた。




