第26話 手を取り合う理由
やがて皿が下げられ、夜風が心地よく吹き始めた頃、ヴァルドたちはラグナを連れ立って村を歩くことにした。
松明の灯りが点々と続く小道。
木々の間からは虫の声が響き、昼間の緊張が嘘のように、村は穏やかな静けさに包まれている。
「……ヴァルブリーゼが大変なことになったらしいな」
歩きながら、ラグナがぽつりと口を開いた。
「ああ……地下に鉱山が隠されていてな。聖銀を奪うために、不死軍が街を襲った」
ヴァルドの声は低く、重い。
「やはり、聖銀か……」
ラグナは空を仰ぎ、苦々しげに続ける。
「魔族は魔法を振るうため、人間は武器を鍛えるため、不死軍は倒されぬ体を保つため……結局、皆が同じ聖銀を求めて争っている」
その言葉に、ミリュアが静かにうなずいた。
「魔族と人間が聖銀を欲するのも、本来は不死軍に抗うための手段じゃろう。ならば、この村のように手を取り合うのが道理というものじゃな」
「まったくですぞ」
ダリスが大きく頷く。
「魔族軍と人間軍が争っている場合ではありませんな。笑えぬ話ですぞ」
少し間を置いて、ラグナは声を潜めた。
「……それがな。魔族軍と人間軍が戦争するよう、裏で仕向けているのはアルグレイドだという噂もある」
三人の足が、同時に止まった。
揺れる松明の灯りの下で、ヴァルドは拳を握り締める。
「……やはり、あいつか」
静かな村の夜。
その奥で、不死の王の影が、確かにうごめいているようだった。
しばし沈黙が落ちたあと、ミリュアが歩みを再開しながら口を開いた。
「……では、どうすればよいと思う? 魔族と人間が、真に手を取り合うために」
ラグナは少し考え込み、村の家々に灯る明かりを見渡した。
「まずは……互いを知ることだと思う。恐れているのは、知らないからだ。こうして同じ食卓を囲めば、人間も魔族も同じだと分かる」
「理屈では分かっていても、戦火の中では難しいですぞ」
ダリスが腕を組み、唸る。
「恐怖と憎しみは、言葉よりも早く広がりますからな」
ヴァルドは静かに頷いた。
「だからこそ、きっかけが要る。共通の敵が誰なのかを、はっきりさせる必要がある」
彼の視線は、闇の奥を射抜くように鋭い。
「人間と魔族が争えば、一番得をするのはアルグレイドだ」
「うむ」
ミリュアは短剣の柄に手を置き、低く続ける。
「不死軍の仕業を暴き、両陣営に示すのじゃ。争いの裏で、誰が糸を引いておるのかを」
ラグナははっとしたように顔を上げた。
「……なら、情報だ。各地で起きている異変、不死軍の動き、それを集めて伝える。魔族にも、人間にも」
「危険な役目ですぞ」
ダリスが苦笑する。
「ですが、やりがいはありそうですな」
ヴァルドは小さく息を吐き、決意を込めて言った。
「俺たちが動こう。小さくてもいい。協力できる村や街を増やしていく。そうすれば、やがて戦争そのものを止められるかもしれない」
ミリュアは口角を上げ、満足そうに目を細めた。
「……その覚悟があるなら、わらわも力を惜しまぬ。血の因縁に縛られたままでは、未来は拓けぬからの」
ラグナは深く頷き、拳を胸に当てた。
「この村も、協力しよう。人間と魔族が共に戦えることを、世界に示したい」
夜風が四人の間を吹き抜ける。
小さな村の片隅で交わされたその誓いは、やがて大きなうねりとなり、戦乱の世界を揺るがす――そんな予感だけが、静かに胸に残っていた。
◇
その日は、ラグナの家に泊まらせてもらうことになった。
夜更け、家の中には静かな寝息が満ち、薪のはぜる音だけが小さく響いている。
三人はそれぞれ簡素な寝台を借り、久しぶりに刃を握らぬ夜を過ごした。
張り詰めていた神経が、ゆっくりと解けていくのを感じる。
だが、闇が完全に安らぎを与えてくれるほど、この世界はまだ優しくない。
遠くでは、不死軍の足音が確かに近づいている。
そしてその先には、サンラグ鉱山と、避けられぬ戦いが待っている――。
それでも今夜だけは、束の間の静寂に身を委ねよう。
次に剣を抜く、その時まで。




