第25話 友の家、束の間の安らぎ
夜明け前の森は、まだ湿った影が残り、木々の間を抜ける風が冷たく頬を撫でる。
ヴァルド、ミリュア、そしてダリスは静かに足を進め、ベルディアへと向かっていた。
森の奥で、不意に見覚えのある影が立ち止まる。
赤みがかった褐色の肌と長い耳、黒い角が一本折れたままの青年――ラグナだった。
肩からは血が滲み、腕も負傷している。
「お主は……ラグナ! ケガをしたのか?」
ミリュアが駆け寄り、応急処置を施す。
「すまない……薬草を摘んでいたら、魔物に襲われてしまった……」
その直後、背後から甲高い音が響き、地面を這う巨大なムカデが現れる。
「こいつか……!」
ヴァルドが剣を抜き、構えを取る。
「いきますぞー!!」
ダリスも妙な構えで駆け寄り、両手で地面を蹴って跳躍しながら技を繰り出す。
ミリュアは短剣を握り、素早く足元を狙って攻撃。
三人が連携し、互いの動きを見ながら攻撃と回避を繰り返す。
ヴァルドはムカデの硬い甲殻を裂き、ミリュアが弱点を突き、ダリスが跳躍からの不意打ちで決定打を与える。
やがて巨大ムカデは断末魔を上げ、森の落ち葉に沈んだ。
勝利の静寂が一瞬森を包む。
「待たせたな。大丈夫か?」
「ぐっ……」
ヴァルドは素早くラグナのそばに駆け寄り、肩を支えるようにして立たせる。
しかし、ラグナは顔色が悪く、腕の血も止まらない。
「毒を受けておるな……」
ミリュアが眉をひそめ、ヴァルドがうなずく。
「急いでベルディアに向かおう」
三人はラグナを支えながら森を抜け、ようやく村の外れに差し掛かった。
木造の家々が並ぶ素朴な集落は、森の清らかな緑に囲まれ、穏やかな小川が村を縫うように流れていた。
夜明け前の薄明かりのなか、家々からは煙が立ち上り、飼い犬や小動物の気配も感じられる。
人間と魔族が共に暮らすこの村は、どこか温もりのある空気を漂わせていた。
村に足を踏み入れると、村人たちはまだ眠そうな目をこすりながらも、異変を察して窓や戸口から顔を出す。
三人の慌ただしい足取りに反応し、ざわりとした緊張が走る。
すぐに医者の家へ駆け込み、診察と解毒の処置が行われた。
医者は落ち着いた目をした魔族で、手際よく薬を調合し、ラグナの腕と体を丹念に手当てしていく。
森での戦いの疲れと毒の影響で青ざめたラグナの顔も、徐々に血色を取り戻していった。
ラグナがようやく安心した顔で立ち上がる。
「二度も助けてもらって、すまなかった……ありがとう」
ミリュアは微笑みながら答える。
「困ったときはお互いさまじゃ。この村には魔族も多くおるんじゃの」
ダリスも頷き、情報を補足する。
「この村の長は、人間と魔族で力を合わせ、アルグレイド軍に対抗する準備をしておるのです」
「魔族は人間に疎まれておったが、手を取りあい、共に頑張っておる村もあるんじゃの。良いことじゃ」
ミリュアは腰に手を当てて、にこりと微笑む。
ラグナは深く礼をし、静かに息を整えた。
「皆さんにお礼がしたいです。家にお立ち寄りください」
三人はラグナに案内され、家へと向かった。
小さな木造の家は、森の緑に抱かれるように建ち、素朴ながらも人の暮らしの温もりが滲む佇まいだった。
扉が開くと、最初に現れたのはラグナの父だった。長い耳と褐色の肌はラグナとよく似ているが、年輪を刻んだ落ち着いた眼差しがある。
「……ラグナ。無事だったか」
その声に、母と妹も顔を覗かせる。
母は胸に手を当て、ほっと息をついたように微笑み、妹は瞳を輝かせて兄に駆け寄った。
「お兄ちゃん! 血、出てる……!」
「大丈夫だ。助けてもらった」
ラグナはそう言って、ヴァルドたちを振り返る。
「この方たちが……俺を助けてくれた」
事情を簡単に説明すると、父は深く頭を下げた。
「命の恩人です。何とお礼を言えばよいか……」
母も続いて微笑みながら礼を述べる。
「どうぞ、ゆっくりしていってください」
妹は少し恥ずかしそうに、けれど真っ直ぐな声で言った。
「ありがとう。お兄ちゃんを助けてくれて」
その言葉に、家の中の空気がふっと和らぐ。
こうして三人は、ラグナの家族に温かく迎え入れられたのだった。
台所では、村の近くの川で取れた魚と畑で採れた野菜を使った家庭料理が準備されていた。
香ばしい匂いが家中に広がり、三人の緊張した心を少しずつ溶かしていく。
ヴァルドは箸を手に取り、熱々の魚をほおばる。
「うまい……やはり、こういう素朴な味は心に染みるな」
ミリュアは笑みを浮かべ、ほくほくとした野菜を口に運ぶ。
「村の味は格別じゃのう。戦いの後には、やはりこういうものが一番じゃ」
ダリスもおずおずと箸を取り、ひと口かじると目を丸くして感嘆した。
「これは……! 魚も野菜も新鮮で極上ですぞ!」
食卓を囲み、三人は心からの安堵を味わいながら、素朴で温かい家庭料理に舌鼓を打った。




