第24話 懐中時計と不死の支配者
ヴァルブリーゼを後にした三人は、静まり返った夜の高原を越え、再び湖畔の街ルーミエールへと足を向けた。
街灯に照らされる石畳が淡く光り、風に乗って焦げた匂いの残り香が漂っている。
「……あまり食欲は湧かんな」
ヴァルドは深く息をつき、宿の扉を押し開けた。
宿の中は木の香りが漂い、湖畔の夜風が窓から柔らかく吹き込む。
だが三人の胃は、先ほど目の当たりにした不死軍と生存者の無惨な姿でいっぱいで、まともに食事をする気にはなれなかった。
「ここで少し休むしかないのう……」
ミリュアはベッドに腰掛け、疲れた身体を休める。
ダリスは窓際に立ち、湖の夜景をぼんやりと眺める。
ヴァルドはテーブルに地図を広げ、次の行程を示した。
「サンラグ鉱山へ向かうにしても、ルートを慎重に決める必要がある」
「山道を避け、森を経由していく方が安全かもしれませんな」
ダリスが指で地図をなぞる。
「よし、次の目的地は……この小さな村、『ベルディア』に向かおう」
ミリュアが短く頷く。
「この規模の村なら隠れながら進めるしの」
三人は沈黙の中、先ほど戦った不死の者たちの記憶を思い返した。
「……しっかし、あいつら、手ごわかったのう」
ミリュアは短剣を握りしめ、静かに吐息を漏らす。
ヴァルドは剣を軽く拭いながら、考えをまとめる。
「力だけではなく、やり方を工夫する必要があるな」
「それにしても、不死者との戦いは精神的にきますぞ……早く平和な世の中になるとよいのですが」
ダリスがうなだれる。
こうして、三人はルーミエールで一晩を過ごし、次なる行程と戦いの準備に心を定めるのだった。
◇
夜中、ヴァルドはふと目を覚ました。
隣のベッドでは、ダリスが大きないびきをかいて眠っている。だが、ミリュアの姿はない。
薄暗い室内からテラスに目をやると、月光に照らされて湖を見つめるミリュアの姿があった。
「眠れないのか?」
ヴァルドがそっと声をかける。
ミリュアはゆっくりと顔をこちらに向け、目を細める。
「ヴァルド……お主も眠れないんじゃろ?」
「まあな……」
ヴァルドは肩をすくめ、目を湖面に戻した。
「アルグレイドは、刻々と軍勢を増やしておる。やつらは不死身じゃ。もう人間軍も魔族軍もかなわぬじゃろう」
「不死の者たちは、アルグレイドに操られているのか?」
「そのようじゃ」
ヴァルドは黙ってミリュアの視線を受け止める。
「なら、なぜ俺たちは操られない?」
「……これ、のおかげかの?」
ミリュアは短剣を見つめる。
ヴァルドも視線を落とし、胸元に手をかざす。
「だが、俺は聖銀を持っていない」
「本当か? わらわは、ヴァルドから微かに聖銀の魔力を感じておったが」
「なんだと……」
思い当たるものを片っ端から確認するヴァルド。
そのとき、ふと懐中時計に目が止まった。
「これは確か……父の形見の……」
「きっと――不死の者に屈さぬよう、持たせたのじゃろう。わらわの母様もじゃが、親の愛というものは尊いのう」
ヴァルドは懐中時計を手に取り、ゆっくりと掌の中で転がす。
「これを、武器にかえることはできないだろうか?」
ミリュアは月明かりに照らされる湖面を見つめながら、少し眉を寄せた。
「含まれる聖銀が少なすぎるとは思うがのう……それに、その時計は形見なのじゃろ?」
「父は……アルグレイドに殺された。敵討ちできるなら、怒りはしないだろう」
ヴァルドの言葉に、ミリュアはしばし沈黙する。
湖面には月の光が揺らめき、夜風が水面をかすかに震わせる。街灯の明かりが遠くの水面に点々と反射し、静けさの中に戦いの予感が漂った。
ミリュアは遠くを見つめ、短く息をつく。
「どこかで鍛冶師と出会えたら、聞いてみるのも手かもしれんのう」
その背後で、ダリスはさりげなく目を開けており、二人のやり取りを静かに見守っていた。
まだ眠れぬまま、しかし慎ましく、戦に備える気配を漂わせて。
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