第20話 湖畔の安息と、燃ゆる街影
夜風が湖面を渡り、ルーミエールの灯りを揺らしていた。討伐を終えた三人は、街の湯屋《月波の湯》へと足を運んだ。
湯屋は木造で、夜でもほんのりとした行灯の光が漏れている。男女の湯は仕切りで分けられているものの、声は普通に聞こえる造りだ。
「極楽ですぞーーー!!!」
ダリスの伸びやかな声が湯気の向こうに響く。
ヴァルドは静かに湯へ浸かり、肩まで沈めて息を吐いた。
「この街の湯は温度がちょうどいいな。疲労が溶けていく」
「戦いの後の風呂は最高じゃの」
仕切り越しにミリュアの声が響く。湯気の立ちのぼる気配だけで、向こう側の様子は想像できそうだった。
その瞬間、ダリスの口元がにやりと歪んだ。
「むふふ……仕切りの向こうにはミリュアさんの裸体が……」
「やめろ」
ヴァルドが即座に湯桶でダリスの頭を叩いた。
「ぶはっ!」
慌てて沈むダリス。その様子に、仕切りの向こうからくぐもったため息が聞こえた。
「まったく……妄想されるわらわも罪よのう。美しさとは罪深いものじゃ」
「いや、そういう問題か?」
ヴァルドの呆れ声が湯屋に響く。
「ひ、ひぃ……申し訳ありませんぞぉ……!」
「ふふ、怒ってはおらぬよ。ただ、ほどほどにしておけという話じゃ」
ミリュアの声音は、怒気よりもどこか余裕と茶目っ気を帯びていた。
湯気がふわりと立ちのぼり、疲労と緊張はゆっくりと溶けていく。
三人にとって、このひとときは確かに癒しの時間だった。
◇
風呂上がり、三人はルーミエール名物《湖岸ロースト・リュウ鳥》を出す酒場のテラス席にいた。香ばしく焼かれた肉をかぶりつきながら、ヴァルドは「旨いな、これ」と満足げに頷く。
……その瞬間。
空の端で、赤い光が膨れ上がった。
「火球――!?」
ヴァルドが立ち上がると同時に、夜空が裂けるような爆音が轟いた。
ドオオオォン!!!
地平線の向こう、街並みの一角が火柱に包まれていた。
「なんじゃ!? 何事じゃ!」
「爆発しましたぞ!?」
ミリュアとダリスが同時に叫ぶ。
ヴァルドは険しく目を細めた。
「あの方向……ヴァルブリーゼか!?」
つい先日まで滞在していた街だ。そこから上がる巨大な炎柱を、三人は言葉もなく見つめた。
「しかし、なぜヴァルブリーゼが?」
ダリスが息を呑む。
「魔族と人間が小競り合いはしておったが、あんな大規模な爆発は見たことないぞ」
ミリュアも眉をひそめた。
「ヴァルブリーゼは共同管理領だ。争いは禁止されているはずだが……この火勢は異常だ。不死軍が動いた可能性が高い。時間はない。食事を片づけたら直行するぞ」
三人は、もはや味わう余裕もなく皿の肉を飲み込むように片づけた。
店員が皿を下げるのと同時に立ち上がったその背後で、遠くの空が再び赤く脈打つ。
夜風が、焦げ臭さをはっきりと運んでくる。
まるで街そのものが痛みにうめいているかのように。
「すぐ向かったほうがよさそうじゃの」
ミリュアが立ち上がり、外套を羽織る。
「ギルドの報告は済ませておりましたし、準備万端ですぞ!」
ダリスも慌てて荷物を背負う。
「急ぐぞ。ヴァルブリーゼがどうなっているか確かめねばならん」
ヴァルドの声はいつになく急いていた。
三人は席を飛び出し、テラスを抜けた。
まだ人々で賑わう夜のルーミエールを駆け抜け、街門へと走る。
そして、湖畔の夜を裂くように三つの影が一直線に駆けていった。
炎が上がるヴァルブリーゼへと――。




