第19話 滅びぬ巨体との戦い
森の最深部。
日は沈みかけ、かろうじて残った薄明かりが木々の間で揺れていた。
夜の気配はすでに濃く、湿った土と枯れ葉の匂いがひんやりと立ちこめる。
影はゆっくりと長く伸び、足元から森が静かに夜へと沈んでいくのがわかった。
ミリュアがふと鼻をひくつかせる。
「のう、まさかとは思うが……アレが不死の魔物とやらかの?」
ミリュアが掲げたランタンの火が、闇を押し返すように揺れた。
その橙色の光に照らされて――皮膚が爛れ、瘴気をまとった巨体が浮かび上がる。
身の丈は五メートル。腐敗した肉の裂け目から白い骨が覗き、光を吸い込むようにぎらりと濁った眼孔がこちらを向いた。
闇に沈んだ森の中、その影はゆっくり、しかし確実に三人へと迫ってくる。
悪臭が風に乗って押し寄せ、ダリスが涙目になった。
「ぐっ……く、くさすぎますぞ……うぅ……!!」
ヴァルドは剣を構え、短く吐き捨てる。
「でかすぎるな」
巨体が腕を振り下ろしてきた瞬間、三人は散開する。
ヴァルドが駆け込み、一瞬の隙をついて胴を横薙ぎに切り裂く。
だが裂けた肉片は、ぼこぼこと音を立てながら瞬時に再生した。
「やはり、聖銀の武器でないと倒せないか」
ミリュアは小さく頷き、聖銀の短剣を引き抜く。
「任せるがよい」
そのまま走り込み、魔物の脚を斬りつける――だが、巨体は微動だにしない。
「む……やはり、弱点を攻撃せねばいけないか。心臓は……届かぬ高さじゃな」
見上げる位置にある胸部。
あれを狙うには、巨体を崩さねばならない。
ヴァルドは周囲を見渡し、崖というほどではないが、一段低い地形の窪地を見つけた。
「落とすしかないな。あそこへ誘導する」
「ならば、ダリスが気を引きますぞ!」
得意げな顔で胸を張るダリス。
次の瞬間、ダリスは奇妙な武闘家ステップを踏みながら魔物の前に躍り出た。
「こっちですぞーー!! ほらほらっ!! ここですぞーー!!」
あまりにも不自然な動きに、さすがの不死巨人も視線を奪われる。
その隙にヴァルドが足元へ回り、素早く周囲の木を見渡した。
彼は太く伸びた蔦を二本の樹の幹にぐっと結びつけ、低い位置にぴんと張る。
「……よし。これで足を取れる」
罠は目立たず、だが巨体には十分な高さだった。
「ミリュア、準備しろ。崩れたら一気に飛び込め」
「任せるのじゃ」
巨体がダリスを追って歩み寄り――
ヴァルドの仕掛けた罠に、ずるりと脚を取られた。
そのまま巨体は地響きとともに窪地へ倒れ込む。
胸部が、ちょうど地面に近い位置に来た。
「今だ! ミリュア!」
「いざ――!」
ミリュアは跳躍し、短剣を逆手に構える。
腐肉を裂き、聖銀の刃が心臓らしき黒塊へと突き立つ。
眩い光が一瞬弾け、不死の巨体は崩れ落ち、瘴気のように消えていった。
◇
討伐を終えた三人は、夜の帳が降りはじめた湖畔の街ルーミエールへと戻った。
静かな湖面には街の灯りがゆらゆらと揺れて映り込み、戦いで張り詰めていた気配をゆっくりと溶かしていく。
冒険者ギルドの扉を押し開けると、受付嬢が顔を上げた。三人の姿を認めた瞬間、ぱっと目を見開く。
「戻られたんですね! まさか……あの森にいた不死の巨体を、本当に討伐されたんですか?」
驚きと尊敬が混じった声音だった。
ヴァルドが報告書を差し出す。
「依頼どおり、討伐完了だ。確認してくれ」
受付嬢は震える指で書類を受け取り、内容を確認すると、ぱちんと大きなスタンプを押す。
「す、すごい……あれ、森の狩人でも近づけなかったのに……!」
横でダリスが胸を張る。
「ヴァルドさんとミリュアさんのおかげですぞ! わたくしは……まあ、囮を全力で務めましたゆえ!」
「ふん、わらわの短剣なくしては倒せなんだがのう」
ミリュアは得意げに鼻を鳴らす。
受付嬢から差し出されたのは、重厚な革袋。ずしりとした金貨の重みが伝わり、三人は思わず顔を見合わせた。
「こちら、討伐報酬です。本当に……ありがとうございました」
ヴァルドは袋を軽く持ち上げ、静かに頷いた。
「助かる。これで次に進める」
◇
ギルドを出た瞬間、ふっと三人そろって力が抜けた。
胃を突くようなあの悪臭がまだ鼻に残っており、食欲などほとんど湧かない。
「のう……わらわ、今日だけは食欲がないのじゃ……」
ミリュアが顔をゆがめる。
「ああ。今日はもう食う気になれねえな」
ヴァルドが苦笑する。
「わ、わたくしもですぞ……。まずは身体の臭いを落としたいですな……!」
ダリスが半泣きで叫ぶ。
「なら、決まりだな。宿の風呂に直行するぞ」
夜の湖風がそっと背中を押す。
こうして三人は、報酬袋を手に、湯屋へ向かうのだった。
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