第18話 湖風と不死の噂
戦の疲れを癒すため、ヴァルド、ミリュア、そして影ながら同行するダリスは、湖畔に広がる街――ルーミエールに立ち寄ることにした。
木造の建物が並ぶ街並みは、漁村の素朴さと森の民の文化が混じり合い、屋根からは湖の水面がきらきらと反射している。
湖から吹き抜ける風が、街道を柔らかく揺らした。
「……ふぅ、やっと静かな場所に来られたのう」
ミリュアは肩の力を抜き、湖面に映る光をぼんやりと見つめる。
「湖の水も、風も心地よいですな! まるで命が洗濯されたような気分ですぞ」
ダリスは大きく息を吸い込み、満ち足りた笑みを浮かべた。
「戦のあとだからな。こういう時間は大事だろう」
ヴァルドは剣の鞘に手を置きつつ、静かに答える。
「ヴァルド、お主も少しは羽を伸ばすのじゃぞ。背中に力が入りすぎておる」
ミリュアはくすりと笑い、少しからかうように言った。
「……確かにな。少しは休むか」
ヴァルドはわずかに肩をすくめ、湖の風を受けた髪を軽く整えた。
◇
湖畔の街をゆっくり歩きながら、三人は宿へと向かった。
「ここが、今日の宿か」
ヴァルドが扉を押し開けると、温かみのある木の香りが迎えた。
宿は古いがしっかりとした造りで、木の香りが漂う。
窓から差し込む光は心地よく、室内には湖畔の街らしい小さな装飾や、森で採れた草花がさりげなく置かれていた。
三人は荷物を置き、ほっと息をつく。
外の風と湖の景色を背に、戦の疲れをゆっくり癒すことができそうだった。
「のう、わらわ、腹が減ったわ」
ミリュアは小さく肩を揺らし、目を細めた。
「昼食にしましょうぞ」
ダリスは腰を伸ばし、にこやかに提案する。
三人は宿の食事処へと足を運んだ。
漁村の文化を反映した素朴なテーブルに腰掛け、それぞれが注文した食事を頬張る。
すると、隣のテーブルから住民の話し声が耳に入った。
「聞いたか? アルグレイドの不死の軍隊の話」
「ああ。サンラグ鉱山の周辺を陣取って、聖銀を求める者を片っ端から虐殺してるらしいな」
「首すじを噛まれれば強制的に吸血鬼化して味方にならされるし、聖銀の武器がないと倒せない……手も足も出ないよな」
「聖銀さえ手に入れられればぶっ飛ばしてやれるんだけどな」
「……ま、そういうことだからサンラグ鉱山を守ってんだろ」
ミリュアは聞きながら、唇を軽く引き結ぶ。
「鉱山の周辺の守りは堅いじゃろうな」
ダリスは軽く眉を上げ、にやりと笑う。
「困りましたな。でもヴァルドさんなら切り抜けてくれると信じておりますぞ」
ヴァルドは微かに笑みを浮かべ、剣を軽く握り直す。
「その信頼、裏切らないさ」
戦への緊張感と共に、三人の間に確かな決意が静かに芽生えていた。
◇
食事を終え、湖畔の街の広場へと向かう途中、ダリスが頭をかきながら呟く。
「しかし、聖銀がないと倒せない不死軍が、聖銀を守っておるとはお手上げですな!」
ミリュアは細めた水色の瞳を上げ、口角をわずかに上げた。
「……ふふ、無理なら工夫すればよいだけじゃ。聖銀以外の手段でも、不死の兵を弱らせる方法はあるかもしれぬ」
ヴァルドは掲示板を指差し、低い声で答える。
「まずは情報だな。鉱山周囲の警備状況や、不死軍の動向を把握すれば、きっと手がかりが見つかるはずだ」
ミリュアはうなずき、聖銀のナイフに触れながら小さく呟く。
「……少しずつ、でも確実に、弱点を探すのじゃな」
ダリスはにやりと笑い、二人を見やる。
「なるほど、戦は知恵と準備が肝心というわけですな。さすがはヴァルドさん、ミリュアさんですぞ」
三人は掲示板へ向かいながら、戦場での具体的な作戦や情報収集の必要性を考え始めた。
不死の兵士に太刀打ちするには、単なる力だけでは足りない――そのことを、彼らは改めて認識していた。
◇
三人は街の広場にある冒険者ギルドの掲示板に辿り着いた。
そこには、大小さまざまな依頼がびっしりと貼られている。
「おっ! これなんてどうでしょう? まさに今の我々にピッタリな依頼ですぞ!」
ダリスが指差したのは、森の奥で不死の魔物が目撃されているという依頼だった。
「ふむ……森の奥か。やはり不死の魔物となると、油断はできんのう」
ミリュアは掲示板に近づき、紙をじっと見つめながら言った。
「武器と魔法の準備は念入りにな。聖銀の刃でないと、完全には止められん」
ヴァルドは紙を手に取り、指で線をなぞるように依頼内容を確認した。吸血鬼化した力を持ってしても、単純な力だけでは不死兵士には太刀打ちできないと考えていた。
「そうじゃな……わらわのナイフと、魔法の組み合わせで戦うとしようか」
ミリュアは聖銀のナイフを太もものベルトから取り出し、刃を軽く手のひらで転がす。
淡い光が反射し、小刻みに震えた。
「敵の出現ポイントや森の地形も考慮せねば。夜行性の魔物なら、闇に紛れて襲ってくる可能性もある」
「物理攻撃はミリュアさん、わたくしとヴァルドさんは補助と索敵ということですな!」
「ふふ……久しぶりに実戦に近い仕事じゃの。小さな手がかりでも、見逃すわけにはいかん」
ミリュアの瞳が青く冴え、口元に微かな笑みが浮かぶ。
だがその瞳の奥には、戦場での冷静さと緊張が隠れていた。
三人は依頼の準備を整え、装備を再確認する。
魔法薬や補助アイテム、光源となるランタンなどを荷物に詰め込み、森での戦闘に備えた。
「よし……これで準備は整ったな」
ヴァルドは剣を握り直し、深く息を吸い込む。
「さあ、森へ向かうとしましょう!」
ダリスの声に続き、三人は小道を進み始めた。
葉の揺れる音、風に乗る遠い獣のような鳴き声。
森は静かでありながら、どこか戦いの気配を孕んでいた。
不死の魔物と対峙するその瞬間に備え、三人は慎重に歩を進める――緊張と期待の入り混じる、静かな出立であった。




