第16話 薄布越しの温もりと、ふたりだけに許された甘い間(ま)と
ウィンドレイザーの討伐を終え、三人はヴァルブリーゼ中心区にある冒険者ギルドへ向かった。
白い風車を模した塔の内部は、薄い水色の魔石灯が柔らかく光り、受付嬢たちがキビキビと働いていた。
依頼報告を済ませた三人は、ようやく肩の力を抜いた。
「せっかくじゃし、観光でもするかのう」
ミリュアがそう言い、軽い足取りで市場へ向かった。
◇
高原の風が抜ける通りには、色とりどりの布がたなびき、果実酒の香りが漂う。
露店には〈霞桃〉と呼ばれる高原フルーツが、淡い霧色の光をまといながら山盛りに積まれていた。
甘い物に目がないミリュアは、迷うことなくひとつ購入し、その場でぱくりと齧りつく。
途端、とろける果肉が舌の上でふわりと消え、淡い甘さと香りが口いっぱいに広がった。
「んんっ、これは旨いのう!」
ミリュアは思わず目を細め、幸せそうに頬をゆるめる。
そんな時だった。
「魔族が市場に入ってくるんじゃねえ!」
「違う、僕はただ通り抜けるだけで……!」
小さな広場で、旅姿の魔族青年が兵士に腕を掴まれていた。
角は丸く削られた護符で覆われているが、肌の色で魔族だとすぐわかる。
「まったく……またか」
ヴァルドは溜息をつき、歩み寄った。
「おい、暴れてはいないようだが?」
「しかし魔族は——」
「ここはヴァルブリーゼだろう。共同管理領。風霊神殿の掟を忘れたのか?」
低く静かな声に、兵士は顔をしかめた。
一方ミリュアは青年の前にしゃがんだ。
優しく目線を合わせ、囁く。
「怪我はないかえ?」
「……ない、です。すみません、僕なんかのために」
「礼などいらん。争いの種は、摘んでおいた方がよいからのう」
兵士たちは気まずそうに去っていった。
青年が深く頭を下げると、ミリュアは小さく肩をすくめた。
「……困ったのう。緊張が高まるばかりじゃ」
「もう長く持たない気がするな。この街も」
ヴァルドの表情は曇っていた。
◇
その夜、三人が泊まったのは風車の回廊に沿って造られた上級宿屋だった。
部屋の壁には薄い風紋が刻まれていて、風が吹くたび淡い光が走る。
そして、部屋の奥には珍しく、専用の浴室がついていた。
「すごいのう! 湯気が良い香りじゃ!」
ミリュアが目を輝かせる。
「じゃあ、ミリュアから入れ。俺たちは後でいい」
「うむ! 遠慮なく——!」
ぱたぱたと浴室に駆けていき、扉が閉まる。
◇
「さて……俺は夜風に当たってくるかな。ダリスはどうする?」
「この街は美女が多くて声をかけ放題、と聞きましたぞ〜。いやぁ、これは修行どころではありませんな! さっきのギルド受付嬢も実に良い感じでしたしな!」
「……はぁ」
呆れたヴァルドは、ひとり酒場のテラス席へ。
風霊の加護があるせいで、夜でも涼風が心地よい。
「酒もうまい。……戦争前の街ってのは、不思議な静けさがあるな」
ふと、胸がざらつく。
ラグナの言葉が思い返される。
(魔族は、街に近づいただけで追い返され……挙げ句、魔物に襲われていた……)
確実に、世界がきしんでいる。
◇
(そろそろ、ミリュアが風呂から出た頃だろうか)
部屋の扉を開けた瞬間、ヴァルドの呼吸が止まった。
湯気がまだ薄く漂う部屋の中心で、ミリュアが湯浴み後の姿で立っていた。
細い身体のラインに濡れた銀髪、裸体は薄い布一枚——ほとんど隠せていない。
「……っ!? おい、ミリュア、その……!」
ヴァルドは反射的に顔をそらし、慌てて後ろ向きになった。
「す、すまん! てっきりもう出た後かと思っていた……今すぐ出る——!」
しかし、背後からふわりと温かい腕が回された。
薄い布越しに伝わるミリュアの体温と、しなやかな曲線が、ヴァルドの背筋を一瞬で硬直させる。
「そんなに慌てるでない。可愛いのう、ヴァルド」
「っ……ミ、ミリュア? 離れ——」
「離さぬ。ウブじゃの〜。赤くなっておるぞ?」
耳元に息がかかり、ヴァルドはさらに真っ赤になった。
「か、からかうな……!」
「ふふっ、反応が面白いからのう」
ミリュアは笑いながらも、胸の奥にひそかな安堵があった。
戦火の気配が迫る世界で、こうした穏やかな時間がどれほど貴重か、痛いほど知っていたからだ。




