第14話 ヴァルブリーゼにて
アルウェイン高原の風を抜け、三人はついに風霊の都市――ヴァルブリーゼへと辿り着いた。
丘を越えた瞬間、眼下に広がった光景に、誰もが言葉を失う。
白い石造りの家々が滑らかな曲線を描き、どの屋根にも大きな風車が設けられている。風を受けて静かに回る羽根は、まるで街全体が生きて呼吸しているかのようだった。
青い石畳の通りには薄い霧のような風が吹き抜け、光を反射してきらめいている。高原の澄んだ空気に混じり、風霊の鈴の音がどこからか微かに響いた。
「ほう……これは見事じゃな」
ミリュアが水色の瞳を輝かせる。
「ここまで洗練された街、久しぶりに見るな」
ヴァルドも思わず感嘆の息をもらした。
「おふたりとも! まずは腹ごしらえですぞ!」
と、ダリスが元気に胸を張った。
三人は街でも有名な食堂、風の酒場へ入り、風の鈴が鳴る軽やかな入口をくぐった。店内は外と同じく爽やかな空気が循環し、香草のいい香りが漂っている。
席につくと、それぞれがメニューを見始めた。
「ヴァルドさんにはこれですな! “スカイバイソンの風焼きステーキ”!」
ダリスが迷わず指差す。高原に群れる巨大獣の赤身を、風で乾燥させた塩と香辛料で焼き上げた豪快な一皿だ。
「悪くないな」
ヴァルドは頷き、即決した。
ミリュアは甘味のページに吸い寄せられ、指を留める。
「わらわはこれ、“風果のふわふわパンケーキ”じゃな。高原の果実の蜜とは……おいしそうじゃ」
「ダリスは?」
「わたくしはもちろん! “高原ハーブの白風魚包み焼き”ですぞ!」
白風魚は高原の泉に住む白身魚で、香草とともに焼くとふんわりとした香りが立つ。
料理が運ばれると、三人はさっそく食事を始めた。
スカイバイソンのステーキを豪快に噛み切るヴァルド。
ふわふわのパンケーキを幸せそうに頬張るミリュア。
魚を丁寧にほぐしながら、香草の香りを深く吸い込むダリス。
「いやぁ……高原の味はやはり格別ですなあ!」
ひとしきり食べたところで、ヴァルドがふと思い出したようにミリュアへ視線を向けた。
「そういえば……ミリュアの聖銀のナイフ。どうやって手に入れたんだ?」
「……っ」
ミリュアのフォークが一瞬、止まった。
わずかに伏せられた睫毛が淡く揺れ、空気の温度がひとつ変わる。
「これは……母様の形見じゃ」
「形見?」
ヴァルドはそれ以上踏み込みすぎぬよう、慎重に声を落とした。
「不死の魔物どもに襲われたとき……身を守れるようにと、渡されたのじゃ。お守りのようなものよ」
淡々と話すが、その指がナイフの鞘をそっと撫でる仕草には、深い悲しみが滲む。
ヴァルドはそれ以上は聞かなかった。
ダリスも空気を読んだのか、黙って魚の骨を並べている。
ミリュアの母は――
アルグレイドによって襲われ吸血鬼化し、瀕死のミリュアを救うため、自ら噛んで吸血鬼に転化させた。
そして最後に、唯一の聖銀の短剣を託し、娘を逃がした。
その真実は、まだヴァルドには告げられていない。
風が窓から軽く吹き込み、ミリュアの銀髪を揺らした。
「……すまない。嫌なことを聞いたな」
ヴァルドが静かに言う。
「気にするでない。今さら泣き言を言うつもりはないしの」
ミリュアは柔らかく笑ったが、その瞳はどこか遠くを見ていた。




