第13話 風霊の加護と戦火の気配
砂漠を抜けた風が、ひときわ涼しく感じられた。乾いた熱気は次第に薄れ、代わりに草原を駆ける爽やかな風が三人の頬を撫でていく。
遠くには、巨大な風車がいくつもそびえ立ち、その羽根がゆっくりと、しかし確かな力強さで回っていた。ここが、風の高原――アルウェイン高原。
ミリュアは、風に揺れる銀色の長い髪を整えた。
「そういえば、すっかりダリスも旅の仲間になったのう」
振り返りながらそう言う彼女の声は、以前よりもどこか柔らかい。
砂漠での戦闘を経て、信頼が深く根付いた証のようだった。
ヴァルドは肩をすくめる。
「道案内役として役立つからな。お前の土地勘は本物だ」
褒められたダリスは胸を張り、風で翻るマントを押さえた。
「世界中で修行したかいがありましたぞ〜! 砂漠も高原も山岳も、なんでもござれです!」
そんな明るい会話が続くのも、今はまだ風が平和を運んでいるからなのだろう。
だが――。
ヴァルドの背筋に、ひやりとした感覚が走った。さっきから、空気が落ち着かない。風は心地よいのに、胸の奥にだけ重たい圧がたまっている。
耳を澄ます。風の向こう。遠くの、さらに遠くの空域で……羽ばたきの音がした。
「……上だ。気をつけろ」
ヴァルドの声に、ミリュアとダリスが同時に見上げる。
空を裂くように飛ぶ黒い影。円を描くように旋回し、やがて西方の地平へと消えていった。
ミリュアが眉をひそめる。
「……あれ、ただの飛竜じゃないぞ」
「ああ。軍勢の斥候だろうな」
ヴァルドが低く呟くと、草原の風が一瞬だけ冷たく感じられた。
「人間国家群か、魔族連合か……あるいはアルグレイドの不死軍か」
ダリスの表情から、いつもの朗らかさが消えた。
「いよいよ、あちこちで火種がくすぶっておるのですな……」
ミリュアは風車のある方向へ視線を戻す。
「アルウェイン高原は中立地帯。これまでは争いを避けてきた土地じゃが……風霊の結界がいつまで守ってくれるか」
ヴァルドは剣の柄に軽く触れた。
「少なくとも、俺たちが歩く道が平和であってほしいものだ」
だが、それは願望でしかない。
三勢力の緊張は高まり、サンラグ鉱山の聖銀を巡って、各地で小競り合いも始まっていると聞く。
高原の澄んだ空気の奥に、確かに戦の匂いが混じっていた。
それでも――。
ミリュアが前を向き、いつものように凛とした笑顔を浮かべた。
「まあよい! 危険が迫るなら、わらわたちが跳ね除ければよいだけじゃ!」
ダリスも拳を突き上げ、風に乗せて叫ぶ。
「そうですぞ! 不死軍団だろうと魔族だろうと、ボッコボコにしてやるんですぞ! ……ヴァルドさんが!」
ヴァルドは小さく笑い、風に揺れる髪を押さえた。
「……その意気のまま、街まで行くぞ。風車都市ヴァルブリーゼは、この先だ」
三人は風霊が歌うような草原の道を歩き始めた。
爽やかな風が吹き抜けても、その先に待つのは嵐かもしれない。
それでも彼らは進む。
混迷の世界に光を取り戻すために。




