第11話 聖銀の手がかりを求めて
夜の涼しさをわずかに残す砂漠の朝。ミレアンの宿の屋根越しに昇る陽は眩しく、オアシスに浮かんだ薄い霧を金色に染めていた。三人が宿を出ると、街に特有の湿った風が肌を撫でる。
「いよいよ依頼開始ですな!」
ダリスは腰の布袋を軽く叩き、やる気満々で胸を張る。
「焦るな、ダリス。周囲の状況を確認してからだ」
ヴァルドは肩に担いだ大剣を軽く動かし、砂を払うように一度振るった。
「旅人が行方不明になるという光る岩……どんな仕掛けなんじゃろうな。ふふっ、楽しみじゃ」
ミリュアは水色の瞳を輝かせ、薄い外套の裾をぱたぱたさせながら歩き出した。
ミレアンの街門を抜け、その先に広がるのは一面の砂。太陽はまだ低いが、熱はすでにじわじわと三人の身体を焼き始めていた。
「まずは依頼主が言っていた“光る岩”のある渓谷へ向かいましょうぞ。地図を見る限り、この先の小高い丘を越えた先でございます」
ダリスは地図を広げつつ、先導するように前へ出る。
「その岩の近くで旅人が消える……妙だな。ただの地形か魔物か、あるいは罠か」
ヴァルドは周囲に気を配りながら、慎重に砂を踏みしめた。
「聖銀の手がかりが眠っておるという噂、本当じゃとよいのう。のう、ヴァルド?」
ミリュアが覗き込むように微笑む。
「ああ。もし本当にあるなら、確実に掴んでおきたいところだ」
ヴァルドはミリュアを見ると、ほんの僅かに口元が緩む。
そんな二人の様子に、ダリスだけが気付かぬふりをして歩み続けた。
◇
渓谷へと続く道に差しかかった頃、砂に埋もれた車輪跡をヴァルドが見つけた。
「ここだな。依頼にあった商隊のものだろう」
彼は跪き、砂を払って跡を確かめる。
「まだ新しい……日が浅いですな。行方不明者はまだ生きておる可能性が高い!」
ダリスは身を乗り出し、目を輝かせた。
「よし、足取りを追ってみるかのう」
ミリュアが軽く跳ねるように先へ進み、三人は渓谷へと向かう。
だが──谷に入ってすぐ、その光景に三人は足を止めた。
岩壁のひとつが、朝日にも負けず淡く“青白く”光っている。
「……あれか」
ヴァルドが低く呟く。
光は岩の中心から脈打つように広がっており、その前には荷馬車の残骸。そして砂の中には、何かを引きずった長い跡。
「……これ、ただの岩じゃないですぞ。魔術的な発光ですな!」
ダリスが全身を硬直させる。
ミリュアは岩に近づき、水色の瞳を細めた。
「この光……魔力というより、何か封じられておる気配じゃ。中から漏れ出しておる……」
「封印……? となると、旅人を襲ったのは魔物か何かかもしれんな」
ヴァルドが剣の柄に手をかけた、その瞬間──
渓谷の奥から、風を裂くような低い唸りが響き渡る。
「来ますぞ!!」
巨大な影が砂煙を切り裂いて飛び出した。
全身を黒い岩肌のような鱗で覆った砂漠獣。その鋭い顎には、布切れのようなもの──旅人の衣服らしき破片が巻き付いている。
「間違いない。こいつが行方不明者を……!」
ヴァルドは地を蹴り、砂を巻き上げながら獣に突進する。剣を振るうたびに、刃が朝陽を反射して鋭く輝いた。
獣の巨体が振り返り、尻尾を振り下ろす。砂塵が舞い上がり、三人の視界を遮った。
ヴァルドは寸前で横に跳び、鋭い刃先で鱗を切り裂く。
「ふふ……力任せじゃのう」
ミリュアは岩の光のほうを警戒しつつ、手をかざして淡く光らせた。指先から魔力が飛び出し、岩の光を一瞬抑え込む。これにより、岩の輝きによる幻惑が和らぎ、獣の動きがわずかに鈍る。
ダリスはその隙を見逃さず、地面を踏み鳴らし、奇妙な格闘ポーズを取りながら獣の前へ。ひょろりとした体型を活かし、低い姿勢から連続蹴りを繰り出す。蹴りはまるで舞うように流れ、獣の鱗をかすめて跳ね返る。
「おやおや、なかなか骨があるではないですか!」
獣が咆哮し、巨大な爪を振り下ろす。ダリスは素早くほふく前進で避け、砂煙の中で身を翻す。
ヴァルドはその隙に前へ進み、剣を獣の腹に深く突き立てた。鱗を裂くたびに、獣は激しく吠え、砂煙を撒き散らす。
ミリュアは岩の光と獣の間に立ち、手を広げて呪文を詠唱。淡く青白い光が放たれ、獣の目を眩ませる。獣がひるんだ瞬間──
「これで終わりだ!」
ヴァルドの叫びとともに、剣が獣の胸を貫く。鋭い刃が鱗の隙間を突き、内臓まで届いた。
獣は最後の咆哮を上げ、砂煙とともに倒れ伏す。静寂が一瞬、谷を支配する。
ミリュアは息を整えつつ、淡い笑みを浮かべた。
「ふふ……思ったよりあっさりじゃったのう」
ダリスは軽く腰を曲げ、拳を天に突き上げて勝利の舞を披露する。
「わたくしも楽しませていただきましたぞ!」
ヴァルドは肩で息をしながら、二人を見て小さく呆れ笑いを漏らした。
「……まったく、やれやれだな」
倒れた獣の周囲を確認すると、怯えた旅人たちが岩陰から顔を出していた。
三人は素早く彼らのもとへ駆け寄り、無事を確認する。
光る岩を背に、ヴァルドは深く息を吐きつつ剣を砂に突き立てた。
「ミリュア、岩の光は……どうだ?」
ミリュアは岩を見つめ、指先で光を触れ、淡く光を弱めながら言った。
「ただの鉱石ではないのう……中に銀色の筋が走っておる。魔力に反応して光を放つ……これは、聖銀の原石かもしれぬぞ」
ヴァルドは目を細め、岩の輝きを睨む。
「……しっかり調べる必要があるな」
三人は救出した旅人を連れて、ミレアンの街へと戻り始めた。
砂塵の間から差し込む光が、三人の影を長く伸ばしていた。




