親心
エメリアが脚光を浴びるようになった一方、彼女の生家、グランシュタイン侯爵家は重く沈んでいた。
執務室では侯爵家当主のハワードが、書類の上で手を組んで、思いを巡らせている。
眼下の書類は、長女のセシリアが婚約した、バルツァー家から届いたものだ。
新規事業への資金提供依頼ということだが、単なる借金のお願いである。
公爵家の資産が目減りしているのはハワード侯爵も知っている。
しかし。
早晩、セシリアの婿として、迎えなければならない。
「セシリアの、婿か……」
ハワードはため息をつく。
そもそも長女のセシリアは、美貌を武器に高位貴族に嫁がせる予定でいた。
セシリアに、グランシュタイン侯爵家の切り盛りは出来ないだろう。
というか、そんな無理なことを、させたくなかった。
代わりに小賢しい妹の方に、領地経営を任せようと思っていた。
子爵あたりの次男三男でも宛がえば、エメリアには分相応なはずだ。
だからなるべくエメリアは家に閉じ込めるようにして、ハワードの仕事を覚えさせた。
ところが。
ハワードの父、先代侯爵が、エメリアを妙に可愛がった。
――俺には、あんなに優しくなかった!
先代侯爵はエメリアの知性を誉め、侯爵家を継ぐのならと、公爵家との縁を勝手に結んでしまった。
ハワードは内心憤った。
公爵家なら、セシリアの方が相応しい。
なんなら、王家との縁だって望める容姿なのだ。
知性がなんだ。
貴族の女は跡継ぎを産み、社交界で輝くことが仕事だ。
一つでも家格の高い縁を結ぶには、際立った美貌が何より武器なのに。
なんでエメリアが、文官とか王太子補佐官なんかに……。
ハワードの執務室をノックする音が聞こえた。
この時間で来るとしたら、家令か妻だろう。
「入れ」
目を腫らした妻のマリアンが飛び込んで来た。髪は乱れ、化粧も崩れている。
面倒くさいと思いながら、ハワードはマリアンを座らせる。
「あなた!」
「どうした……」
ぐすぐす鼻をすすりながら、マリアンは訴える。
「酷いわ酷いわ。みんな……」
最近、マリアンがお茶会に行くと、クスクス笑われる。
あるいは「エメリア様のお話を聞かせて欲しい」と言われる。
「しょうがないだろう……。王太子殿下がエメリアを、過剰に持ち上げたのだから」
「それだけじゃないわ。レナード様が、エメリアじゃなくてセシリアを選んだことだって」
ぴくりとハワードの頬が動く。
「それが何だって?」
「金塊を捨てて、土塊を拾った馬鹿、だって」
ドンと大きな音を立て、ハワードは机を叩く。
「どこの誰だ! 公爵家と我が家から、抗議をする!」
「そんな大きな声出さないでよ! 『みんな』なのよ! 私もう、お茶会に行けない」
ハワードの価値観が一瞬揺らいだ。
「旦那様」
いつの間にか家令が室内にいた。
「な、なんだ、いきなり」
「大きな音がしましたので、様子を伺いに。……それと」
家令は冷静な声で言う。
「前ご当主様が、明日いらっしゃると先触れがありましたので」
――父が、来る?
ハワードの顔が翳った。
◇◇
王宮でエメリアは、相変わらず多忙な日々を過ごしていた。
評価が上がれば、一層仕事の量が増える。
だがむしろ、エメリアにとっては望ましい状況だった。
王都に吹く風が冷たくなった頃。
エメリアは王宮内の庭園に呼び出された。
呼び出したのはアルノルトである。
庭園は、薄紫色の秋の花が揺れていた。
「忙しい君をこんな処まで呼び出して、すまない」
「いえ。こちらの庭園に入るのは初めてです。素敵な場所ですね」
アルノルトは柔らかい表情で語る。
「秋に咲く花を、君に見せたかった。薔薇ほどの華やかさはないが、私はこの花々が好きでね」
「まあ、本当に綺麗ですね。なんというか、凛とした色味で」
「似ている、と思ったんだ。君が」
「え?」
「凛とした花であり、見る人を安心させる。この花の姿は、エメリア、君に似ていると」
エメリアは、上手く返答できずに立ちすくむ。きっと頬は朱に染まっているだろう。
心臓は思い切り跳ねて煩いほどだ。
「花の名はジェンチアナ。この国の、王妃の紋章に使われている」
アルノルトの瞳には、季節外れの熱がこもっていた。
エメリアの手を、彼はそっと握る。
「私の妃に、なって欲しい」
Q:こういう父親、いるんですか?
A:あはは、体験談っす。リアルでしょ?
お読みくださいまして、ありがとうございます!!
クライマックス間近、と思います~~




