祝宴
王太子直属になったエメリアの日々は、想像を遥かに超える多忙なものとなった。
資料作成や会議の調整、諸侯との交渉文書の草案に加え、他国との同盟条約の確認まで、業務は膨大である。
それに加え、王太子アルノルトは、エメリアとの直接対話を求めてくる。
アルノルトの関心は、平民の生活向上と教育だった。
「それで、わざわざ孤児院まで、足を運ばれたのですね」
ふわり微笑むエメリアの言葉に、アルノルトの顔が薄く染まる。
それを見たガウスは、意味深に言う。
「まあ、そうなんだけど、それだけではなかったりしてね、殿下」
「ガウス!」
「え?」
キョトンとするエメリアには見えない角度で、アルノルトはガウスの横腹を肘打ちした。
軽く咳払いをして、アルノルトはエメリアを見る。
「以前から気になっていた。だが、国の予算には限りがある」
「はい。国防費と外交費だけで、予算の四割、それに治水管理や農地支援を加えると、余剰は……」
パラパラ資料を捲りながら、エメリアは答える。
「そう。だから孤児院の修繕は後回し、貴族学校はともかく、平民の教育機会がない状態が、続いているのだ」
アルノルトの眉間に皺がよる。
「予算の問題、だけでしょうか?」
「いや、人材も含めてだ。例えば平民に教育の機会を与えるにしても、貴族学校の教諭ほど、給金は出せない。そうなると、低額でも良いという人を探すか、奉仕を募るか。どちらも行き詰っている」
「なるほど」
真剣な眼差しのエメリアに、ガウスは訊く。
「飛び級で卒業したエメリア嬢は、よほど優秀な家庭教師がいたのでしょうね」
「いえ。……もともと、私は貴族学校への入学もダメだと言われておりまして」
「ええ? なんで?」
「あ、姉に、お金がかかるもので……」
「ああ……」
アルノルトとガウスは納得する。
「でも、一年だけで良いからとお願いして、なんとか許されました。基礎的な内容は、祖父から手ほどきを受けていたので……あっ!」
エメリアの瞳がきらりと光る。
「そうだわ。こんな方法は如何でしょう」
何気ない雑談から始まった、教育改革への着手は、この日から二か月後のことである。
◇◇
王太子の打ち出した政策が認められ、「形」になった。
今日はその竣工式と祝宴が開催される。
人手も予算も足りない状況で、いかに教育の底上げをしていくか。
エメリアが提案したのは、次のようなことである。
すなわち、退職した文官経験者などの活用と、商人への協力依頼である。
「要は、暇こいてる爺さんのケツを叩く、ということですね」
「ガウス、言い方!」
エメリアは笑いながら言った。
「そういうことです。ついでに、儲けだけを考える商人に、多少なりとも社会貢献をしていただかないと」
「言うようになったね、エメリア嬢」
「おかげさまで」
文官経験者の賛同者に、孤児を含む平民の子どもたちの基礎教育を行ってもらう。
一回請け負う度に、王太子印を押す。
印が十回押されたら、提携している商店で、好きな物一点を無料で買える。
提携した商店には、王太子御用達の旗を掲げることを許可する。
基礎教育が終わった後、有望な子どもは、提携商店で働くことが出来るようになる。
「王太子御用達なんて、喜ぶ商店あるのか?」
「はい。民人は皆、王族の方への敬意と憧憬を持っていますので」
確信を持って答えるエメリアに、アルノルトはつい、こんな質問をしてしまう。
「それは、君も、か?」
「も、勿論です」
アルノルトとエメリアのやり取りを聞き、ガウスは肩をすくめて見ていないふりをした。
関係各所の許諾を得るために、エメリアは何種類もの書類を作成し、走り廻った。
「働き過ぎだ」
何度かアルノルトに残業を止められた。
「もう少しだけ」
仕方ない風を装って、エメリアの残業に付き合うアルノルトだった。
教育を施す場所は、寂れて使用していない離宮と決まった。
そして離宮の修繕が終わり、ようやく開校の運びとなったのだ。
◇◇
竣工式後、祝宴となった。
壇上から、王太子アルノルトが挨拶する。
「この成果の大部分は、私の補佐官である、エメリア・グランシュタイン嬢のものと言えよう! エメリア嬢、こちらへ」
会場は一瞬静かになり、すぐにざわめき始める。
エメリアの名を知る者は驚き、知らない者は戸惑う。
戸惑う者たちの中に、エメリアの姉セシリアと、元の婚約者レナードの姿があった。
いつもの如く派手な衣装で現れたセシリアは、『地味な妹』が王太子に名を呼ばれ、壇上に上がる姿に言葉を失う。
レナードの顔色も悪い。以前レナードの父が『宝石を捨て石ころを拾った』と言ったのは、まさか、この事なのか……。
「どうして……どうしてエメリアが? 補佐官て何? 王太子殿下の?」
慌ててセシリアは、会場にいるはずの父、グランシュタイン侯爵を目で探す。
だが、王太子がエメリアを紹介した時点で、グランシュタイン侯爵夫妻は退席していた。
セシリアは歯噛みしながら、優雅に微笑む、地味なはずの妹の晴れ姿を眺めた。
Q:王太子印なんて、ぽこぽこ押して大丈夫なのか?
A:認印レベルとお考え下さい
Q:異世界に認印あるのか?
A:なんなら、朱肉のいらないハンコもありますよ、多分……
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