再生
王太子殿下に声をかけられた瞬間、エメリアの脳内に警鐘が鳴った。
研修が終了し、王宮の政務庁に勤務してまだ三か月程度だ。
本来、王太子と直に接する機会など、ないはずである。
「楽にして欲しい。私は、新しく採用された文官全員の声を、直接聞きたいと思っているだけだから」
アルノルト王太子は、気品ある青年だった。
年齢は姉と同じだったろうか。
背は高く、琥珀色の瞳は鋭さを帯び、口調は丁寧である。
王家の血を引く者としての威厳を持ちつつも、他人を見下すような眼差しではない。
「君の報告書に興味を持った。我が国の教育改革についての提言だ」
「提言というと、孤児院の研修後に、提出したものでしょうか。王太子殿下は、それをご覧に?」
「当然だ。私自身、関心のある分野だったものでね。君の案は具体的であり、改革に伴う経済的基盤の設定も、非常に現実的だ」
エメリアの心は小さく震えた。
孤児院の環境改善に関して、彼女は大変気になっていた。
いくばくかの寄付や、輪番制の様な、貴族子女の奉仕では、到底子どもたちを守りきることは出来ないと、以前から感じていたのだ。
経験値の少ない新人の書いた報告書など、誰も顧みることはないだろうと書き上げたものであった。
それを、受け止めてくれた人がいた。
王国の頂点にいる人物が、読んでいてくれた。
「政務庁補佐官として、私の直属の部下になってみないか?」
「!」
エメリアは卒倒しそうになる。
だが、アルノルトは極めて自然に告げた。
「もちろん、すぐにとは言わない。君の意志を尊重する。だが……。『王国のために役立ちたい。役立つ自分でありたい』と思う人材を、私は必要としている」
思わずエメリアは顔を上げる。
そのセリフは、あまり口にしたことがない。
言った記憶があるのは、あの孤児院で……。
「こうすれば、分かってもらえるだろうか」
悪戯っ子のような笑顔で、アルノルトはポケットから眼鏡を取り出した。
その姿は、奉仕として来ていた、あの時の地味な青年……。
「そっ、その節は、失礼いたしました」
慌てて頭を下げるエメリアの姿を、アルノルトは目を細めながら見つめた。
◇◇
アルノルトは自身の執務室で、エメリアとのやり取りを想い出していた。
「受けて、くれるだろうか……」
「エメリア嬢ですか?」
「え、ああ……」
執務机の向こう側に座っている、秘書兼護衛のガウスが笑っている。
頭の中で思っていただけなのに、言葉に出てしまっていたようだ。
「良かった良かった。生真面目過ぎて、いまだ婚約者も決めてない王太子が、ようやく女性に執心するようになって」
「しゅ、執心なんかじゃないぞ」
ガウスはへらへら笑う。アルノルトとガウスは幼馴染の関係なので、成長した今も、気安い間柄だ。
「有名だったけどね。華やかな姉のセシリア嬢と、その影に隠れていた知性派の妹エメリア嬢って」
「へえ……」
「姉の方は年中パーティに参加して、妹は飛び級であっさり貴族学校卒業し、ほとんど社交界に出て来ない」
「そうか、だから……」
「そんな知性派の妹を捨て、姉と婚約した、アホなバルツァーの息子」
「何それ。勿体ない!」
「まあ、それでエメリア嬢は文官を目指すことにしたそうだから、良かったんじゃないの? アルノルト殿下」
「そりゃあ、優秀な人材を確保出来たからな……そうか、そんな過去が」
少し顔を赤くしたアルノルトを見て、ガウスは思った。
――結構、本気みたいだな……
そもそも、新人文官の研修なんてものに、王太子が自ら足を運ぶことはない。
大方、文官試験最優秀合格者の実力を、見極めようと行ったのだろうが。
一目惚れでもしたのか。次代の王は。
――まあそれならそれで。密やかに護衛しなければならない上に、変装の小物まで用意してあげた俺って、偉い偉い!
何やらぶつぶつ言いながら、頷いている護衛ガウスを、訝しそうに見るアルノルトだった。
◇◇
エメリアは悩んだ末、アルノルトの申し出を受けることにした。
婚約者に裏切られ、侯爵家を追い出された自分が、王太子直属の政務官になるとは。
その重みを考えると、指先が震える。
恐れ多い。怯みそうになる。
だが、誓ったのだ。影の衣は脱ぎ捨てると。
前に進むのだ。過去は振り返らずに。
残務を片付け、部署の同僚たちに残念がられながら、一か月後。
エメリアは王太子補佐官として、王政の中枢部へ足を踏み入れた。
Q:なんか、必ず、おちゃらけたキャラ出ますね
A:気のせいです




