新生活
エメリアが王都で新たな生活を始める頃、バルツァー公爵家では混乱が生じていた。
現当主が、息子レナードの軽率な婚約破棄に激怒していたからだ。
「婚約とは家同士の契約だ。それを一方的に破棄したうえ、姉の方と結婚するだと? 馬鹿も休み休み言え!」
当主は激昂し、家臣の前で婚約に伴う書類を叩きつけた。
「エメリア嬢は、財政感覚に優れた優秀な女性と聞いている。グランシュタイン家の裏方として、従者や使用人の教育までこなしていたらしい。そんな有能な人材を捨て、顔だけの娘を娶るとなっては、我が家の面目が丸つぶれだ!」
レナードは知らなかった。
姉の影でひっそりと生きているとしか、思っていなかった。
エメリアの才覚が、既に一部の高位貴族の間では、評価されていたとは……。
更に、公爵家の財務担当者が、こんなことを言う。
「セシリア様は倹約を一切なさらず、領地経営の知識も乏しいようです」
財務担当者が差し出す報告書を、レナードは昏い目で破り捨てた。
彼の父は、そんな息子を冷めた目で見ていた。
◇◇
一方、エメリアは文官研修をこなしていた。
合格してから半年は、見習い期間である。
様々な部署を体験し、知見や課題を報告書にまとめる。
エメリアが最初に向かった研修場所は、王都の孤児院だった。
子どもたちと一緒に遊んだり、乳児の世話をしたりしながら、いくつかの改善点を都度報告した。
エメリアの改善提案の一つ。
慢性的に人手が足りない孤児院のために、無償の奉仕活動を、貴族学校生に求めるというものだった。
その提案はすぐに許可が出て、翌週から週に何度か生徒らが、孤児院に来るようになった。
エメリアは簡単な自己紹介を済ませ、貴族学校生徒の対応はシスターに任せた。
実のところ、エメリアは子ども好きだ。孤児院の子どもたちと触れあうのは楽しい時間である。
だが、山積された問題解決のためには、実務処理が必要になる。
よって、貴族の子女らが孤児と遊んでいる間、エメリアは孤児院の経理を請け負い、次なる改善点を探ることにした。
「何かお手伝いすること、ありますか?」
一人の男子が、エメリアに声をかける。
汚れても良いような地味な服装だが、眼鏡の奥の瞳には、真摯な光が宿っていた。
「では、先月分の支出を、項目ごとにまとめていただけますか?」
「分かりました。勘定科目ごと、でよろしいですね」
貴族の通う学校では、経理に関する授業もあるとエメリアは聞いている。
端正な顔立ちをしたこの男子も、そういった科目を履修しているのだろう。
「なぜ……」
書類を捌きながら、男子は訊く。優秀な生徒なのだろう。処理するスピードが早い。
「なぜ、文官に?」
「微力ながら、王国のために役立ちたい。役立つ自分でありたいと、思ったからでしょうか」
男子は微笑んだ。
暖かい笑顔だった。
孤児院の研修後も、エメリアは農地や商店街での研修が続いた。
期間が終了し、王宮に戻ったエメリアは、中核部署の一つ、政務庁に配属された。
高位貴族やうるさ型の多い部署であり、最初は年若い女性であるエメリアを、侮る者が多かった。
だが、彼女の緻密な仕事ぶりと抜群の分析力により、次第に評価が高まっていく。
「君の報告書は簡潔で無駄がない。数値把握も的確で素晴らしいな」
貴族の婦人は、数字に弱いと思っていたが、などと余分な一言を残し、上司は報告書を持って去って行った。
実家の侯爵家では、祖父以外から誉められることなど、およそなかったエメリアなので、上司の評価は励みになった。身に付けたものは、裏切らないのだと。
それからもエメリアは、日々業務に熱心に取り組んだ。
誰もが多忙な政務庁である。
先輩や同僚が急ぎの仕事で慌ただしくしていると、さっと手助けをするエメリアに、周囲の者たちは信頼感を高めていく。
「エメリア嬢って良いよね」などと庁内で噂されていることを、当の本人は知らない。
髪を一つにまとめ、ほぼすっぴんで仕事に励むエメリアに話しかけられると、顔を赤くする男性文官も多い。
エメリアが、『政務庁の能ある白鳥』という二つ名で、密かに呼ばれるようになった頃、彼女は突然、廊下で声をかけられた。残業で退勤が遅くなった日である。
「エメリア嬢。少し話がしたいのだが」
振り返るとそこには、琥珀色に輝く瞳の王国の次代。
「アルノルト殿下……?」
声をかけてきた人物こそ、この国の王太子、アルノルト・エルバートである。
Q:王宮文官って、割とブラックですかね
A:部署と季節によるでしょう。あ、サビ残反対!
お読みくださいまして、ありがとうございます!!




