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喜劇  作者: 新原氷澄
15/16

喜劇 おまけ1

おまけの短い小説です。

作中で書けなかった青崎と真由里さんの話をもう少しだけ書き足しました。

Chapter.10から数か月後、「伊丹の家に真由里と悠真が泊まりに来た翌朝」という設定です。

ちなみに部屋割りは、青崎+伊丹+悠真の3人がロフト、真由里は伊丹の部屋です。


 東の空に今目覚めたばかりの太陽が輝いている。雨を孕んだ雲が透明な風に吹かれて、足早に流れていった。川の欄干に凭れてそれを見るともなしに見ている青崎の横顔を、真由里は静かに見ていた。鉄橋のアーチの上で鴉が鳴き声をあげた。


「疲れたか?」


「ううん、大丈夫」


 朝の五時過ぎ、まだ目覚めるには早い時間に、見慣れない窓辺を眺めていた真由里は、青崎がロフトの階段を降りる音を聞いて居間の扉を開けた。

 顔を合わせると、青崎は出し抜けに「少し散歩でもするか」と聞いた。真由里はうんと答えて、二人は並んで家を出た。家の前にある親水公園を通って、猿江神社にお参りをして、川沿いの歩道に出た。中央が小高くなっている小松橋の上にあがると、抜けるように空が開けた。


「スカイツリーよく見えるねぇ」


「ん」


 家から北の方角にスカイツリーが見えるんよ。一緒に月を眺めながら、伊丹が言った通りだった。夜を照らす光を失っても、スカイツリーはよく目立つ。錦糸町方面のビル群の向こう、今朝は雲がかかって、灰白色の姿が一層大きく見えた。


「悠真がすごい行きたがってるねん。雲雀くんと悠介くんの漫才に出てきたとこ!って」


 悠真の名前が出ると、青崎は微かに笑った。


「上の方めっちゃ揺れるけど、悠真大丈夫かな」


「やっぱりまだ早い……? 途中で泣いたりしたらどうしよかと思って」


「そん時は一緒に降りたらええ」


 真由里は黙って頷いた。青崎は目を細めて「一緒に登れるようになる日まで、何回でも来たらええ」と呟いた。


「……そうかも」


「でも」


「なに?」


「真由里は高いところ好きやろ。日本一の塔、存分に登ってきたらええわ」


「なんでそんなしょうもないこと覚えてんの」


 青崎がまだ大阪にいた頃、悠真の足が今より半分くらい小さかった頃、三人で天保山の大観覧車に行った。観覧車の窓から見える清々しい景色は真由里の心を躍らせ、青崎は控えめに「ドクター・ストレンジに武器にされそうやな……」と、嘆息と眩暈と緊張をないまぜにした声を吐き出した。

 あの時、自分はそんなに楽しんでいるように見えただろうか。実際楽しかったのだから、青崎のいう事は間違っていないのだが、なにか照れくささが胸の内側で渦巻く。

 言葉を探しながら、秋と冬の間くらいに吹く乾いた風で、ふっと赤らんだ顔を抑えた。


「一人で登っても楽しないんよ、ああいうのは」


「俺がおるやん」


「悠真が泣いたら可哀想やんか」


「悠真は伊丹に任そう。あいつは高いところ嫌いらしいから、遠慮いらん」


 今も悠真と一緒にロフトで眠っているはずの相方の顔を思い浮かべているのがわかる。その顔はきっと、青崎が自覚しているよりずっと優しい。


「雲雀くんも高いとこ好きちゃうの、知ってるで」


「一回登ってるからな、もう慣れた」


「…………」


「いや、ちょっとだけ盛った。思い出すとちょっと震える」


「あかんやん」


「真由里と一緒やったら大丈夫や、たぶん」


 なにを言うてんのこの人は、と言いながら、真由里はそっと青崎の肩を押した。ウインドブレーカーを羽織った青崎の長い腕が、くしゃりと軽快な音を立てて、真由里の反応を待っていた。そっと手を差し出すと、二人の手は握手の形になった。


「ほな付き合ってもらおうかな」


「おお、透明な床の上でジャンプしてくれてええで」


「どんなけはしゃぐと思ってんの、私もええ大人やで」


「俺の前では構わんやろ」


 何の気どりもなくそういって、青崎はそっと真由里の手の冷たさを優しく癒してくれた。

 真由里は橋の上から水面を眺めながら、この人の心はどこまでも透明なのだと思った。


「じゃあ、一番てっぺんで写真撮ってもらおうかな」


 部屋に飾ってある写真の中に、一枚くらい自分の写真があってもいい。それを撮った人の顔が想像できるくらい素敵な顔で、被写体になってみようと真由里は決めた。そんなことを考えていると、青崎の手の中でカメラのシャッター音がした。


「あ、今写真撮った?」


「気のせい」


「撮ったやろ?」


「スカイツリーが綺麗やったから」


「見せてよ、すっぴんの顔はあかん」


「大丈夫や、悠真にしか見せへん」


「やっぱり撮ってるやん」


 世界が目を覚ますのと、二人の距離の均衡がほんの少し崩れたのと、どちらが先だっただろう。太陽と雲は、それからもつかず離れず、散歩を楽しんだ。

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