歴史から消された姫聖女
『エレーナ王女殿下は、俺の姫聖女の生まれ変わりだ』
白銀の大狼さんが告げた内容には驚いたけど、ストンと私の中に落ちた。疑う余地なんてなかったからね。
「……だとしたら、エレーナ王女殿下はこの建物を訪れ、隠れ家として使用していたのは、偶然ではなかったかもしれません。過去世の記憶が残っているとは考えにくいけど……魂の記憶は残っていて、導かれるように、この建物に来たかもしれませんね」
そうでなければ、この場所に辿り着けないと思う。
『魂の記憶か……』
白銀の大狼さんは寂しげな声で、私の言葉をなぞる。そして、少し間を空けてから言葉を綴った。
『俺の姫聖女もエレーナと同じように、薬草の研究を深夜までしていた。昔は、今以上に治癒師に頼っていたからな。俺はそんな彼女の横で見守る時間が、何よりも幸せで、掛け替えのない時間だった』
遠い目をしながら、白銀の大狼さんは語る。
「とても大事になさっていたのですね……」
姫聖女がいなくなってからも、彼女が大事にしていた場所を護り続けてる程に――
セシリアが隣で鼻をすすっている。王子様が台無しだね。そういう私も、目頭が熱くなってきたよ。
『大事にしていた。とてもな……でも、この国の民は、シアの働きを当然だと受け止めていた』
(シア? 先代様の姫聖女の名前ね)
慈しんでいた声が、次第に怒りが含まれていくのが分かった。
(どうやら、私を呼んだ理由もそこにあるみたいね)
「どういうことですか?」
私の声も、自然と低くなる。
『シアが発明した薬のおかげで、治療師に診てもらえない国民が大勢助かった。聖女の仕事をこなしながら、シアは治療師として活躍していた。必死でシアは働いた。働いて、働いて、国民が少しでも幸せになるよう粉骨した。……始めは、国民たちはシアに感謝の気持ちを述べていた。しかし、年月が経つにつれて、感謝する気持ちは薄れ、最後には、それが当然だと言う者まで現れた』
白銀の大狼さんの声は、深い悲しみと怒りで満ちていた。
「……慣れてしまったのですね」
私には分かる。というか、慣れてしまった人を村で見た事があるの。
村外れに住んでいたその人の周囲には、何故か色々な不幸が起きた。始めは、そんなの偶然だって思い生活していたけど、次第に、家に籠もり出て来なくなった。村人たちは諦めたんだろって言ってたけど、私は慣れたんだと思ったの。
それが当たり前のように。
物を与え続けられる側にも、同じ事が起きたのだと思う。
そしてその後は……悲劇しかない。
『そう……慣れたのだ。慣れは、さらなる欲求に繫がった。シアも、一人のか弱い女だと、誰もが忘れてしまった。高熱を出して休めば非難の声が上がり、休憩を取ればまた非難の声が上がる。だから、シアは休めなかった。生身の人間が睡眠も食事もろくに取らず働き続ける。そんな状況が長く続く筈がない。シアは糸が切れたように倒れ亡くなった。……俺は何度も、何度も、シアをそんな国民から隠そうとした!! だがシアは、その度に、悲しそうな顔をで微笑みながら断った』
(今も悔しいのね。そうだよね、大切な人が傷付き、苦しんで亡くなったのだから……先代様の怒りは、国民よりも自分に対してなのかもしれない)
涙が溢れ出てきた。
『……本来なら、代替わりはもう少し先立ったんだ。早まった理由は、聖獣が祝福を与えられなくなったからだよ。幸せよりも、憎しみの気持ちが勝ってしまったから。結果、十年、この国は災厄に見舞われ続ける事になった』
ハクアの言葉が深く胸に刺さった。
災厄の十年――
それは、この国の歴史に必ず出て来て習う。
何故災厄が起きたのか、その原因には触れずに、ただ……その時に起きた惨状だけを淡々と習った。だから私は、そういう時期があったんだという認識しかなかった。セシリアもそうだろう。
シアという女性が命を削り、この国の国民を想い続け、頑張ってきたことは一切記されていない。だってそれを記せば、自分たちに非があった事を認める事になるから。
それは今も同じ――
(先代様は、そんな国民に嫌気がさしたのね。当然だよ。それだけの事をしたんだよ)
涙が止まらなかった。ぼろぼろと泣きながら、私は感情と一緒に溢れる言葉を止めれなかった。
「……ごめんなさい。ごめんなさい。何も知らなくて、知ろうとしなくてごめんなさい。なのに、見捨てず、護ってくれてありがとうございます」
私は何度も何度も、同じ言葉を繰り返しながら泣き続けた。




