抜け殻の正体
建物には歴史を感じるのに、テーブルの上に置かれている物からは感じない。とはいえ、生活感がしないから、誰かが住んでいるようには見えなかった。でも、誰かが利用している。
(たぶん……王女殿下)
王宮内だけど、この建物がある場所は少し離れている。隠れて作業や実験をするには丁度良いと思うの。
「……学園に入学する前、よく、エレーナ王女殿下が一人で、薬草の改良と効能の効果を確かめる実験をしていました。今も王宮に戻られた時は、あの椅子に座って、夜遅くまで研究を続けています」
女性は心痛な面持ちで、隠さずに教えてくれた。同時に、疑問が浮かぶ。
(夜遅くまでって……どうして、誰も気付かなかったの?)
少し前から不思議に思っていたの。王太子殿下には専属の侍女や近衛騎士が付いているのに、王女殿下にはいない。学園でのお茶会は、侍女や執事がお茶会の用意をしてくれたけど、用が終わればいなくなる。前に、王太子殿下の傍に控えているのを、遠くから見たことがあった。
つまり、彼らの主は王太子殿下って事になるよね。
「……そう、そうだったのね。疑問だったの、私が気付く事をどうして家族が気付かないのかって。気付かないはずだわ。専属の侍女も近衛騎士もいない。誰も見ていないのだから」
それが、おかしな事ぐらい、平民の私でも分かる。
(付いていないんじゃない、付けられていないのよ!!)
もし、一人でも傍に仕える人がいたら、王女殿下が何処に行き、何をしているか報告されるはず。誰一人把握していないという事は、そういう事なんだよ。
「エレーナ王女殿下は第二王位継承者、なのに、扱いが雑ですね」
セシリアが憮然としながら、私が思っていた事を口にする。
『エレーナはいずれ、王位継承権を返上する者だからだと思うよ』
ハクアの台詞は私とセシリアを怒らせた。
「聖女になるから? だとしてもおかしくない? 今はまだ返上していないでしょ。それに、先は分からない。同じ兄妹なのに、扱いに差があり過ぎるわ。何よりも腹が立つのが、何の疑問も抱かずにいる家族だよ」
もし誰かに聞かれたら、即不敬罪になるわね。
『兄がこの先どうなろうと、エレーナは返上する事になる。聖女スキルを持つ者は、王位を継げないから』
(聖女スキルを持っていたら、王位を継げない? 誰よりも、民の幸せを願い行動している人が?)
「そんなの、おかしくない?」
私は不満を口にした。
『俺もおかしいと思う。だが、今代の姫聖女よ、それがこの王族の掟のようなものだから、どうしようもない。悔しいが、今の俺は見守ることしか出来ない』
ハクアと同じように頭に響く声。だけどその声は、とても低く、壮年の男性のようだった。声と共に姿を現したのは、私の背丈ほどの白銀の大狼。女性は白銀の大狼に頭を下げる。
(つまり、この白銀の大狼さんが、女性のいう主よね……あれ? ハクアとよく似ている気がするんだけど……でも、聖獣様ではないよね、確か聖獣様は複数存在しないはず)
その疑問に答えてくれたのは、ハクアだった。
『似て当然だよ。あれは、元僕の抜け殻だから。正解に言うと、残留思念だよ』
「残留思念?」
『そう。ここに残った、ただの残留思念だよ。当然、聖獣としての力は残っていない』
「どういうこと?」
さっきから訊いてばかりだね、私。
『今代の姫聖女は、聖獣の事をどこまで知っている?』
白銀の大狼さんがハクアの台詞を奪い尋ねた。
「聖獣様の役目は、世界が滅ばないように恩恵を国に与え続ける事。でもそれには限りがあって、力が弱まってきたら、まだ国が恩恵に満ちている時に、新しく生まれ変わると聞きました」
白銀の大狼さんから視線を外さずに答えた。
『だいたいあっている。謂わば、俺は先代だな』
「それはおかしくはありませんか? 聖獣様は国に一柱、先代がいるはずは――」
そこまで言って、言葉が途切れる。
(ハクアはどう言ってた? 確か……抜け殻、残留思念だって言ってたよね。だとしたら……)
『気付いたか。今代の姫聖女は頭が切れるようだ』
白銀の大狼さんの台詞で、考えていた事が正しかったと知る。
『当然だろ。この僕が選んだ、最高の姫聖女なんだから。ユーリアの魂はとても綺麗なんだ。聖獣である僕が見惚れるくらいにね。だから、生まれる前の魂に目印を付けたんだ』
(ドヤ顔で言ってるけど、結構、とんでもない事を言ってる自覚ある?)
後で話し合いが必要だね。でも今は、白銀の大狼さんの目的を知ることかな。
「……私の目の前にいる先代様は、この建物に残った思い出。そして、エレーナ王女殿下をそのまま大人にした女性は、先代様の姫聖女だったのではありませんか? 本人かどうかは分かりませんが」
『ほぼ正解だ。彼女は俺の姫聖女だった。でも、この場にいる者とは違う』
「では、貴女も思い出なのですね」
女性は小さく頷いた。
白銀の大狼さんと白いロープの女性は、この建物に刻み込まれた記憶――
(それは間違いない。だとしたら、おかしくない? 残留思念が建物を離れて活動的に動けるものなの?)
疑問が次々と浮かぶ。
『切っ掛けがあったからだよ』
ハクアの台詞に、私は王女殿下の顔が浮かんだ。
「「エレーナ王女殿下!!」」
私とセシリアが同時に、仲間の名前を口にする。
(だとしたら、まさか――)
『エレーナ王女殿下は、俺の姫聖女の生まれ変わりだ』
白銀の大狼さんは迷うことなく、きっぱりと告げた。




