セシリアと私の誓い
「……結局、ご馳走食べそこねたね」
レイティア様が去った後も威嚇しているセシリアに、私は苦笑しながら声を掛けた。
お菓子の食べ過ぎで、そんなにお腹は減ってないんだけどね。何故か馬車の中で、王女殿下とセシリアが食べさせようと躍起になっていたせいで。
「ご馳走もそうだけど……ここ、何処か分かる?」
セシリアの台詞にハッとして固まったよ。レイティア様を追い掛けるのに必死で、そんな事全然考えてなかった。
「……分からない。また、迷ったの……」
建物の裏側だって事は何となく分かるけど、どの建物かが分からない。
そもそも、ここに来たの始めてだし、また迷子……今日で二回目だよ。でも、今はセシリアが一緒だから心強いよ。
「うん、そうだと思った」
「どうしよう? 闇雲に歩くのは駄目だよね。入ったら駄目な場所もあると思うし」
(王女殿下が気付いてくれたらいいけど)
「確かに、ここ王宮だから。一般人が立ち入ったらいけない場所も、当然あるね」
私が落ち込んでいても、セシリアはいつもと変わらない。その姿を見てるだけで、なんかホッとした。
「だよね。もし知らずに入ってしまったら?」
「禁固刑か鉱山行きかな。さすがに、極刑はないて思うけど」
(ヒッ!!)
悲鳴を上げそうになったよ、セシリア。平然と答えてるけど、ちょっとは怖いと思わないのかな。私は想像したら怖くなった。
(田舎にいる両親と妹か弟に会わないまま逝っちゃうのか……短い人生だったわ)
そんな事を考えていた時だった。呆れた声が耳元からする。
『何考えてるの? ユーリア。姫聖女を罰することが出来る者は、王城内には誰一人いないよ。だって、ユーリアは王族よりも身分は上なんだから』
(…………はい? あっ、そうだった)
思い出した。そう言えば国王陛下、セシリアよりも私を先に呼んだよね。
「ちょっと、待って。ユーリア、忘れてたの!? っていうか、信じてなかったの!? その事に驚いたよ。教皇様も自分に敬語は不要だって言ってたでしょ。名前も呼び捨てでいいって」
セシリアに詰め寄られる。私は慌てて弁解した。
「た、確かにそう言われたけど、いまいち実感がなくて、受け止め切れてないっていうか……敬語の件も、私が子供だから、親愛の形だって思い込もうとしてた……」
(色々肩書きは増えたけど……私は私)
一度認め、受け入れてしまうと、私が私でなくなってしまいそうな気がして、正直怖かったの。だから、頑なに、その事実から目を背けていた。
「ユーリア、何をそんなに恐れているの?」
(セシリアにはお見通しだね)
「……本来手に入れる事が出来ない立場に立つ事よりも、それに溺れてしまって、慣れてしまって、嫌な自分になるのが怖いの」
誰にも言えなかった想いを吐露する。
「威張り散らす、貴族のようになるのが怖いんだね。ユーリアって、貴族嫌いだから」
はっきりと言われて困った。セシリアも男爵令嬢。でも、セシリアの事は嫌いじゃない。
「……嫌いじゃなくて、苦手なだけで」
「ユーリアって、馬鹿だよ。何のために、私がいるの? 私はユーリアの親友で側近だよ。友が、主が道を外れそうになったら、迷わず進言する。だから、そんな心配はいらない」
そう宣言するセシリアは、月夜の明かりの下で、とても格好良くて、頼もしく感じた。王子様というより、騎士様みたい。
「ありがとう、セシリア。気持ちがとても楽になったよ。あっでも、セシリアだけは、様呼びはしないでね」
呼び方一つだけど、セシリアとの間に距離が出来る気がして嫌なの。その事を考えるだけで、寂しくて胸が苦しくなる。
「神殿に属してるからね……本来は様呼びしないといけないけど、しない。でも、公式の場ではするからね。それだけは譲れない」
「……分かった」
本心では、公式な場でも嫌だよ。
でもそれは、私の我儘だって理解してる。もし、我儘を通せば、セシリアは責任を問われ、私の前からいなくなるかもしれない。
「私は何処にも行かない。ずっと、ユーリアの傍にいて支えることを、ここに改めて誓う」
セシリアは片膝を付き誓う。
本来なら、立ったまま、それを受け入れるのが正解だと思う。でも、私は貴族じゃない。だから膝を折り、セシリアの首に腕を回す。
「だったら、私も誓う。セシリアが私に愛想を尽かしても、絶対離れてあげないから」
満面な笑顔で言ってやったわ。すると、「それは、私にとって最大の褒美だよ」と、とても幸せそうに破顔しながら言ってくれた。
免疫がある私でも、赤くなるほどの破壊力がある笑顔だったわ。セシリアのファンクラブの人が見たら、絶対卒倒するわね。
そんな感想を抱いていたら、ジャリと小石を踏む音がした。
私とセシリアは音がした方を向く。自然と、セシリアが私を庇うように前に立った。
闇に隠れるように、白いロープを着た人が私たちを見ていた。
緊張が走る。
『警戒を解いてもいいよ、セシリア。僕の知り合いだから』
ハクアがセシリアの足元で告げた。知り合いなのに、その声は険しかった。
「知り合い? 友達ではなさそうね」
『そう、違う。強いて言うなら、抜け殻かな。それで、僕達に何か用でもあるの?』
不機嫌そうにハクアは問う。
(抜け殻って何?)
セシリアに視線を向けると、左右に首を振っている。
「我が主が、ユーリア様にお会いしたいと申しております」
(私に会いたい?)
フードを目深く被り、口元しか見えなかった。ロープは踝まで長い。だけど、体型と声から女性だと分かる。私はこの女性を勿論知らない。
『断る。僕の聖女に指一本触れさせはしない』
ハクアはきっぱりと断った。
すると、白いロープの女性は深々と頭を下げ、再度私とハクアに嘆願したの。必死な姿に、私の心が揺らぐ。
「……ハクア?」
少し可哀想になって、私はハクアの名前を呼んだ。
「人にものを頼むのなら、せめて、その被っているロープを外すべきでは」
厳しい声で、セシリアは言い放つ。
「そうですね、失礼致しました」
女性はそう答えると、被っていたローブを外した。月明かりしかないけど、女性の顔がはっきりと見える。
その瞬間、私たち全員言葉を失った。
ハクア以外固まる。
だって、その女性の顔は、とても良く知っている人の顔に、あまりにも似ていた――




