カカの実
少し肌寒くなってきたので、散歩を切り上げた。そのまま、王女殿下の部屋へと移る。移る間も、移ってからも、セシリアと王女殿下は宰相様の話で盛り上がっていた。
(そこまで、引き摺る話かな?)
水をさしたくなくて、私は黙って聞いていた。
「……それにしても、あの宰相が笑うんなんて……天と地がひっくり返っても、ありえないわ」
呆然としながら呟くように、王女殿下は言った。それ、二度目だよ。
(確かに、表情筋は麻痺気味だったけど、無表情じゃないのに)
心の中で呟く。
どうやら、宰相様が迷子の相手をするとは思っていなかったみたい。ましてや、手を繋ぐなんて信じられないそうよ。宰相様にも子供が二人もいるのにね。
自分に厳しそうな人だったから、特にそう思われたかも。私と宰相様が庭に戻って来た時、その場にいた全員が目を点にしてたからね。一瞬で、フリーズしてたの。おかしかったな。
そんなんだから、笑った顔なんて想像出来ないって。王女殿下曰く、生まれてから一度も笑顔を見たことがないらしい。今回が始めてらしいよ。ただ単に、気付かなかっただけだと思うけどね。
「宰相様はあまり表情が変わらない方ですが、ちゃんと微笑んでくれました。一瞬でしたけど」
いくら言っても、王女殿下は見間違いで終わらせようとしている。誰も信じてくれない。
「見間違いじゃなくて?」
(まだ言うのね)
「見間違いではありません!! ちゃんと、二回微笑んでくれました!!」
少し、ムキになっちゃったよ。
確かに、あまり表情が動く人ではなかった。眼力も強くて、あまりにも澄んだ綺麗な目をしていたから、尚更近寄りがたい雰囲気を醸し出していたのかもしれない。
人柄はとても誠実で良い人だと思った。そして、意外にも熱い人だと感じた。宰相様に良い人っていうのは、少しいけないかもしれないけど。
珍しく、興奮しながら王女殿下に抗議していると、隣に座っていたセシリアに、いきなり両肩を掴まれた。
(えっ!? 何!?)
「……さすがユーリア、難攻不落の宰相様を落としたんだね」
セシリアが、また馬鹿な事を言ってきた。普段はしっかりしていて、とても頼りになるのに、たまにポンコツになるの。
「…………はぁ!?」
馬車の件といい、呆れて、何も言えないよ。
(落としたって何? そもそも、何を落とすの?)
相手は宰相様なのに。意味が分からない。
「そうね……ユーリアの愛らしさと賢さを目の当たりにしたら、大抵の大人は簡単に落ちるわ」
セシリアのポンコツさが、またしても王女殿下に伝染してるよ。
「何、言っているの? 二人共」
王女殿下相手に、完全に敬語忘れていたわ。
王女殿下もセシリアも大事な友達であり仲間だけど、引く。実際、引いていた。
「分からないのは、ユーリアだけよ」
セシリアが残念そうにそう言うと、王女殿下も頷く。
「……貴女たちの中で、私はどのように認識されているのですか?」
思わず、訊いちゃったよ。
「そうね……強いて言うなら、カカの実かしら」
王女殿下の答えに、私は首を傾げる。
カカの実って薬にもなるし、加工するとお菓子の原料にもなるの。そのままは、苦すぎて食べれない。カカの実を粉にしてミルクで溶かしたら、とっても甘くて美味しいの。お父さんやお母さんは、お酒を入れて飲んでいた。
「……カカの実ですか?」
「そう、カカの実。実を見ただけでは、それが食べ物だとは分からない。ましてや、そのままだと苦くて食べれない。だけど加工したら、様々なお菓子や飲み物、スパイス、薬になる。……ユーリアもそう。話さなければ、ユーリアが優秀で可愛い存在とは気付かない。深く付き合えば付き合う程、ユーリアは私に様々な顔を見せてくれる。カカの実に似てるでしょ」
ドヤ顔で言われても分からない。でも、認めてくれてる事だけは分かった。正直、微妙だけどね。だけど、それは私の感想。
でもね、隣に座るセシリアと、肩に乗っているハクアは全然違ったの。目から鱗が落ちたかのように、目をキラキラさせながら頷いてる。
(さっきの説明で分かったの?)
またしても若干引いてると、扉の方から笑い声が聞こえて来た。ばっちり聞かれていたみたい。
「うん、カカの実か……確かに、そうだね」
(ここにも、納得してる人がいたよ)
王太子殿下だ。ここ王城だもの、いて当然だよね。レイティア様のお兄様の件以来会ってはいなかった。あっでも、代わりに謝罪の手紙を受け取ったよ。添えられていたお菓子、すっごく美味しかった。何故か、次のお茶会には、そのお菓子が並んでいたよ。
「お兄様、ノックもなしに入って来るなんて、マナー違反ですわ!!」
王女殿下が王太子殿下に怒っている。
「したよ、ノック。話に夢中で気付いていなかったみたいだけど。声も掛けたからね」
「聞こえませんでした。それで、用件は何です? 用もなしに来たわけではありませんよね」
前から気にはなっていたけど、勘違いじゃないみたい。王女殿下、王太子殿下に対して一線を引いているみたい。私たちと話す時よりも、緊張しているように見えた。
(王太子殿下は気付いているのかな? 苦笑してるけど)
「そう、邪険にしなくてもいいだろ。可愛い妹の友達に会いに来たのが、そんなに悪い事かな?」
「お兄様は呼んではいません」
間髪入れないね。本当は、王太子殿下のこと大事に思っているのに。緊張はしていても、嫌悪感は感じないもの。
それは、王太子殿下も同じ。
(本当は、仲良し兄妹なのに……)
二人を見ていると、私も家族に会いたくなった。そろそろ産まれるはずなんだけど……産まれたら、一度帰りたいな。長期休みじゃないと無理だけどね。なんせ、片道だけで、急いでも二週間は掛かるから。
「父上と母上からの伝言だよ。晩御飯、一緒に食べようって」
家族を思い出していたら、王太子殿下がとんでもない事を言ってきたよ。
(えっ、え――!!)
「ば、晩御飯を一緒に……無理、無理です!!」
叫ばなかった私を褒めて。勿論、速攻で断ったよ。不敬だって怒られるより、付け焼き刃のマナーを披露する方が失礼だからね。そもそも、私平民だよ。そんな私が、この王国で教皇様に継ぐ偉い人とのご飯なんて、絶対無理。どんな、苦行よ。
「僕は、あくまで、伝言を伝えに来ただけだからね。そじゃあ、また後で。ユーリア嬢、セシリア嬢」
にこやかに微笑みながら、止めを刺した王太子殿下は華麗に退場して行った。
(私も退場していいかな? うん、駄目だよね……)




