宰相様
「……ここ何処?」
お手洗いを借りたら道に迷った。
さっきまで、皆と一緒にいた庭じゃないよね。似てるけど違う。植わっている花の種類が違うもの。
(完全に迷った……王城、広過ぎるよ!! っていうか、何で、お庭が何個もあるのよ!?)
『ユーリアって、方向音痴だからね……』
呆れと悟りが混じった声で、ハクアはボヤく。
『頭上でボヤくのなら、間違える前に教えてよ!!』
ここ、王城だからね。誰の目があるか分からないから、念のために念話で文句を言う。
『出た瞬間、間違うとは思わないよ』
『じゃあ、お手洗いまで戻れば戻れるよね』
『戻れればね』
生意気な口調のハクアにイラッとしたけど、ここで喧嘩なんか出来ない。不審者扱いされるからね。即、牢屋行きだよ。
ハクアを無視して、道を訊こうと辺りを見渡すけど誰もいない。
(道訊けないよ……)
歩き回る訳にはいかないし、どうしようかと悩んでいたら、意外にも早くに助け船が現れた。
「君は、第一王女殿下の御友人か?」
とても渋い声で、そう話し掛けられた。
振り返ると、三十代前半くらいの、やたら威厳がある偉いおじさんが立っていた。何故偉いって思ったのかって、答えは簡単、制服着用していないから。それに、皺一つない服を着ていたからかな。
王城で働く人は、文官も騎士も皆、制服着用が義務なの。制服着用しなくて許される立場って、それなりの地位にいる人しかいない。当然、貴族様だしね。
私は慣れないカーテシーをしながら答える。
「はい、ユーリアと申します。第一王女殿下にご招待頂き遊びに来ていたのですが、道に迷い困っておりました」
頭を下げていても、ジッと見られている視線は分かるよ。
(もしかして、品定めされてる?)
「顔を上げたまえ。迷ったのか、私が送ろう」
おじさんはそう言うと、顔を上げ見上げる私の手をさりげなく繋いでくれた。あまりにも自然だったから、子供がいるのかもしれない。初対面なのに、不思議と警戒心を抱かなかったの。何となく、親近感あるんだよね、このおじさん。
「ありがとうございます」
私は素直にお礼を言った。「ありがとう」と「ごめんなさい」はちゃんと言わないとね。
「……君は変わっている。私が怖くはないのか?」
そう話し掛けられて私は見上げる。おじさんと目が合った。
(怖い? 強面じゃないよね。反対に、とても綺麗な顔してるけど)
「怖くはありません」
素直に答えたよ。そしたら、おじさん吃驚したのか、目を見開いていた。
「……本当に変わっている。それに、無警戒過ぎる」
「無警戒ですか?」
「そうだ。見知らぬ人の手を簡単に握るものではない」
(いや、握ってきたのは、おじさんだよね)
「確かにそうですね。でも、おじさんは信用出来ます」
要職に就いている人を、おじさん呼びしてよかったのか一瞬悩んだけど、家名知らないから仕方ないよね。
「私を信用すると……初めて会ったのにか?」
私を見るおじさんの目は、あまりにも澄んでいて、感情が全く読み取れない。
(怖いって言われてるのは、この目のせいかな? 綺麗なのに)
「言われてみれば、そうですね。怖くないのは、私の知っている人に似ているからかもしれません。それに、この場で犯罪は犯せないでしょう」
私がそう告げると、おじさんは笑った……かのように見えた。見間違いと思える程の短い時間だったから。
「確かにそうだ。この場で犯罪は犯せまい。君は、本当に変な子だ。だか、いい」
(一応、褒めてくれてるのかな?)
「ありがとうございます」
取り敢えず、お礼を言ったら、おじさんは足を止め手を放し頭を下げた。
「礼と謝罪が遅くなった。我が娘を助けてくれて心から感謝する。そして、我が娘と嫡男の非礼、心から詫びる」
(なるほど、私が警戒しなかったのは、レイティア様のお父様だったからね。という事は……宰相様!?)
それにしても、宰相様の登場、あまりにもタイミングが良過ぎるよね。たぶん、わざわざ私に会いに来てくれたのかな。そんな気がした。
まぁそれは横に置いといて、慌てて私は宰相様に言った。
「宰相様、礼も謝罪も必要ありません。私は怒ってはいませんから。だから、顔を上げて下さい。宰相様が平民に頭を下げている場面、他の人に見られたら大変です」
「礼と謝罪に身分は関係ない」
「…………」
きっぱりと告げた宰相様に、私は驚いて言葉を失った。呆然とする私に、宰相様は言う。
「おかしな事を言ったか?」
「……いえ、ちょっと吃驚しただけです」
まさか、宰相様がそんな事を言うなんて想像してなかったよ。
私の答えに、宰相様は顔を顰める。
「我が娘も嫡男も、そのように育てたつもりだったが……」
自嘲気味に宰相様は呟く。
この人は家族を愛せる人だと思った。そして身分関係なく、人の内面を見れる人だとも思った。
私のような子供が吐く言葉が、何の慰めにもならないと思うけど、それでも、少しでもその気持ちがかるくなる事を願って口を開く。
「……それは、難しいと思います。この世界に、身分制度がある限り。理想を語る事は出来ても、頭では正しいと理解していても、それを実践出来る人が少ないのが現実です。それは、仕方ないことだと思います。長年刷り込まれた思想を、簡単に覆すことなど不可能ですから。その中で、宰相様や第一王女殿下様は、とても珍しい方たちです。それでも……そういう方が増えればなと、私は願っています」
レイティア様は王女殿下のように実践は出来なかったけど、少なくとも、表面上だけは私を見下したりはしなかった。追い詰められて自爆しなかったら、私は今もレイティア様と交流していたと思う。お兄様は話にならないけどね。
「ならば、私はそのような国が来るよう、頑張らなくてはならないな」
私の気持ちが伝わったのか、フワッと宰相様が微笑む。直ぐに真顔になるけど。
「宰相様なら出来ますよ」
「出来るだろうか?」
正直言えば、難しいと思う。でも、しようとすることが大事なんだよ。
「もし、宰相様の就任中に出来なくても、宰相様の想いを引き継いだ方が次の宰相様になったら、いつかは叶うと思います」
そう答えたら、宰相様は目を見開く。
「……ユーリアなら」
「私が何か?」
首を傾げ尋ねた。宰相様が答えるより早く、彼を呼ぶ文官様の声が聞こえてきた。
私を近衛騎士に預けてくれてもよかったのに、責任感の強い宰相様は文官様を待たせて、約束通り、私を送り届けてくれた。
私と手を繋いだ宰相様の登場に、目をまん丸くした王女殿下とセシリアに尋問されたのは、言うまでもないよね。




