この瞬間、本当の意味で始まった
(漸く着いたよ……炎狼さん可愛いな〜)
黒竜王様が強化魔法を掛けてくれても、二時間以上休みなく歩くのは流石に疲れた。場所が場所なだけにね。でも、炎狼さんと小鳥さんが出迎えてくれて疲れが一気に吹っ飛んだよ。先に見える光景は見えない。
灰色狼さんとは違い、額に小さな青白い色の炎、だから炎狼って言われてるのね。とっても綺麗。
(頭、撫ででも大丈夫かな?)
撫でたくて、全身がウズウズする。いきなり頭って失礼かも、そんな事を考えていたら、炎狼さんが自分から頭を擦り寄せてくれた。
「いいの? 可愛い!!」
額の炎は不思議と熱くはなかった。なので、十分にモフらせてもらったよ。一緒にいた、燃えるような赤色の小鳥さんの頭も。フワフワしてた。
(たぶん、流れ的に、この小鳥さんが火の精霊王なんだよね)
「…………ユーリア、そろそろ、現実を見た方がよいぞ」
黒竜王様の台詞に、私は無理矢理現実に引き戻された。敢えて、視界に入れないようにしてたのに。
(……これ、進まなきゃいけないの?)
出来れば進みたくない。人族関係なく、生物には恐怖心があるんだよ。私の中にある生存本能が、進むのを全力で拒否してる。
「そっか……俺の家、来てくれないんだ。ユーリアは悪くないよ。場所が場所だし、仕方ないよね。せっかく、ユーリアが好きなお菓子、沢山用意したのに……」
赤竜王様、すっごく落ち込んでる。地面に、のの字を書き出したよ。順調にのの字が増えている。
全員の視線が私に向けられた。炎狼さんも小鳥さんも私を見ている。
「皆責めるけど、二の足踏んでも仕方ないよね!!」
バンっと、片手を前方に突き出す。
赤竜王様の住処を護るように掘られた外堀には、水の代わりに、ボコボコと泡を噴いてるマグマだよ。まぁそれは、ここまでの来る道を見て納得は出来るよ。
でもね、その住処に向かう道幅は、一メートルもないの。人ひとりがバランスを崩さないよう歩くのが、ギリ出来る幅しかない。運動神経が悪かったら、失敗する幅だよ。いくら、落ちても大丈夫って言われても、安心出来ないよね。マグマの中に落ちたくないもの。
また、赤竜王様がのの字を書き始めた。無言のまま、私を見詰める黒竜王様とハクア。その視線が、グサグサと突き刺さる。
「……クッ、わ、分かったわよ!! 渡ればいいんでしょ!! やってやろうじゃない。もう、ヤケクソよ!! 落ちても大丈夫って言葉、信じてるからね!!」
完全に素に戻ったよ。
腹を決め渡ろうと皆に背を向けた時だった。直ぐ傍で「失礼します、ユーリア様」と声がしたと同時に、私の身体がフワッと宙に浮いた。なっ、なんと、ライド様に横抱きされてたの。
「ちょ、ちょっと、ライド様!!」
超焦った。そういう方面に疎い私でも、それなりに羞恥心はあるからね。真っ赤になって、降りようと暴れる。
「お静かに。暴れると落としてしまいます。安心して下さい。このまま、私がユーリア様を運びますから」
横抱きは恥ずかしいけど、助かったよ。正直、足が竦んでいたから。
「それはならぬ」
安心する間もなく、黒竜王様が低い声で言い放った。ライド様が私を抱えたまま、振り返る。
『ここから先は、ユーリア一人で行かないと駄目だよ。契約に必要な事だからね。黒竜王の時もそうだったでしょ』
ハクアが黒竜王様の代わりに教えてくれた。
思い返してみれば、色々おかしな所があった。
赤竜王様の加護のおかげで、マグマの川の側を歩いても大丈夫だった。生物が生きていけない場所でも、平気で呼吸して立ってる。
でも一度も、赤竜王様も黒竜王様も契約を交わしたとは言わなかった。交わそうとも言わなかった。
(契約と加護はセットじゃないのかも……)
さっきまで抱っこしていたのに、契約は交わされていない。額を合わせてないからかもしれないけど。黒竜王様やハクアの言う通りなら、契約条件があるって考えるのが自然だよね。
「……ライド様、降ろして下さい」
唇をクッと噛み締め、私は告げる。ライド様は一呼吸間をおいた後、私を降ろしてくれた。
私は住処がある方に視線を向けてから、赤竜王様に視線を移した。
「赤竜王様、契約はあの家の中でないと交わせないのですね?」
確信を持って尋ねる。
「そう。そして、あの家に入れる人族は〈竜の愛し子〉だけ」
(だったら、最初からそう言ってくれたらよかったのに)
そこが、黒竜王様や赤竜王様、ハクアなりの優しさなんだよね。
確かに、黒竜王様も赤竜王様も、私を住処に、家に招くことに躍起になっていたよ。でもね、そこに物で釣るような打算的なものはなかった。打算的なら、こんなまどろっこしい事、始めからしないよね。契約のためだけに、私を家に招きたかったとは思えない。人の気持ちの変化に鈍感な私でも、それくらい分かるよ。
なんか、色々、私の中で収まったみたい。軽く息を吐き出すと告げた。
「分かりました。こうなったら、私も腹を決めるわよ!!」
ここで、ジュリアス様とライド様はお留守番。彼らに「行って来ます」と声を掛け、私は通路の前で一旦足を止める。
「下を見ないで、ゆっくりと進むんだよ」
「それ、高い所で言う台詞」
赤竜王様の台詞に苦笑しながら答える。
『ユーリア、頑張って』
ハクアが応援してくれる。
声掛けはない黒竜王様だけど、その目は私を信じ、応援してくれてた。
「ありがとう。頑張るね」
黒竜王様の時は、何も知らないで住処に足を踏み入れた。でも今回は、全てを承知し、覚悟を決めて一歩を踏み出す。
本当の意味での、私の〈竜の愛し子〉生活は、この瞬間始まった――




