学園に通う事になりそうです
小さな咳払いをした後、聖獣様にジュリアスと呼ばれた神官様は、私にも分かりやすいように噛み砕いて教えてくれた。
自然と、私の背中がピシッと伸びたよ。隣を見たら、お父さんも伸びていた。そうさせるものを持っていたの。さすが、王都の神官様だよ。
「まず、これだけは先に述べておきますが、ただたんに、【聖女スキル】を持っているからといって、聖女にはなれません」
真剣な表情をしながら、神官様は告げる。
(そんなに真剣な顔をして言ってるけど、それって、すっごく当たり前な話だよね)
思わず、首を傾げてしまう。
「修行が必要って事ですか? それは、当然だと思います。職人の世界もそうだし、【スキル】を持っているからといって、始めから出来るわけないですよね」
そう答えると、何故か、聖獣様と神官様に驚かれた。驚かれる理由がさっぱり見当が付かないんだけど。
すると、聖獣様がうんざりしながら教えてくれた。
『【聖女スキル】を持っているだけで、自分が優れているって勘違いしている子が、やたらと多いの』
「あっ、それ分かる。自分が特別な存在だって勘違いしているやつね。残念だよね」
『ほんと、残念だよ。おかげで、聖女の数が一向に増えないんだから』
はぁ〜と、大きな溜め息を吐く聖獣様。
(結構、深刻な問題みたい。さっき、私含めて十人しかいないって言ってたよね)
「そうなんだ、聖獣様も大変だね。って事は、【聖女スキル】を持っている人は結構いるって事?」
「まぁ、かなり少ないですが、一定数はいらっしゃいます」
(ふ〜ん、そうなんだ)
代わりに教えてくれたのは、神官様だった。
「それで、実際、聖女様になるのは何人くらいですか?」
(ここ、重要だよね)
「そうですね、悲しい事に、ここ数年はいらっしゃいませんね」
(いないって、マジ? 聖女になるのって、そんなに難しいの? 厳しい道なの?)
「……一人も?」
困惑しながら、再度確認してみた。ちょっと、大袈裟に言ってるだけだと思ったから。
「一人もです。見習いならいますが、今は見習いでさえなれない状況が続いています」
どうやら、事実のよう。色々大変みたいね。そこまで話して、ふと気付いた。矛盾してるって。
「あれ? でも、聖獣様も神官様も私に対して、聖女様って言いましたよね。おかしくはありませんか?」
そう尋ねると、神官様はとても真剣な表情になり教えてくれた。
「ユーリア様は、すでに聖女であらせられます。聖獣様に選ばれた時点で、全ての過程をスキップしたとお考え下さい。聖獣様に選ばれるという事は、それ程の名誉と力だという事です」
一旦、神官様は区切る。あまりにも情報量が多くて、頭から湯気が出そう。そんな様子の私を見ながらも、神官様は続ける。
「とはいえ、ユーリア様は聖女の役割も、歴史も、聖力の使い方もご存知ないので、一から勉強をして頂く必要があります」
(うん、それは分かるよ。勉強は大事だし、嫌いじゃない。新しい事を知るのは楽しいもの。でも、問題は受ける場所だよね)
分からないなら、訊くしかない。
「勉強って、何処で受けるのですか?」
「ユーリア様には、聖王国王都にあるポーラット王立魔法学園に通って頂きます。専門の科がありますので、そこに。学費も生活費も無料となっておりますので、ご安心下さい」
(すっごい、棚ぼたの話だよね……)
学費も生活費も無料って、とってもありがたいよ。でも……王都って、家を出るって事だよね。無理だよ。お父さんとお母さんを置いていけない。妹か弟がもうすぐ生まれるのに。
「……ここでは、無理ですか?」
駄目元で訊いてみた。
「寂しいお気持ちは理解出来ますが、それは出来ません。【聖女スキル】を持つ者は全員、学園に入学するのが、法によって定められていますから」
「どうしても?」
「どうしてもです。特例を認める事は出来ません」
神官様の言っている事は分かるよ。勉強も大事だけど、保護も兼ねているんだって事ぐらいは。それに学園って、殆ど貴族様だよね。田舎者の平民の私が通うのは、ちょっと怖い。
『ユーリアは、どうして学園に通いたくないの?』
渋る私を心配して、聖獣様が訊いてくる。
(あまり、人には話したくはないんだけど、ここは正直に言わなくちゃいけないよね)
でも、お父さんには知られたくない。絶対、傷付くから。ショックを受けたお父さんを見たくないよ。悶々と考える私に、聖獣様が嬉しい提案をしてくれた。
『言いにくかったら、僕にだけこっそり教えて』
聖獣様はいつも、真っ直ぐ私の目を見てくれる。
(聖獣様だったら大丈夫)
「うん、分かった」
にっこりと私に、上機嫌な聖獣様。神官様に促され、お父さんは部屋を出て行った。部屋に残された私は、聖獣様にポツリポツリと話し出す。
私の両親がお人好しだって事。人を疑うのが、悲しいって思っている人。だから、そこを付け込まれて、かなり損をしている事とかをね。あと、もうすぐ赤ちゃんが生まれる事も話した。そして、怖いって事も。
言い終わるまで、黙って聖獣様は話を聞いてくれた。
『ユーリアって、頑張り屋さんだったんだね。偉い偉い。そんな頑張り屋さんに、名案があるよ』
自信満々に聖獣様は告げた。
「名案?」
『そう。ユーリアの不安を僕が取り除いてあげる』
狼って、満面な笑みで笑えるのね。幸せ一杯の笑顔を見たら、不安な気持ちなんて何処かに飛んで行っちゃったよ。