灰色狼さんとリスさん再登場
灰色狼さんは私の数歩先まで近付いて来ると、ちょこんと座った。私から視線を外さない。灰色狼さんの頭の上には、さっき見たリスさんがいた。
(うん、とっても可愛い光景だね)
いつもの私なら、狼さんの首に抱き付いて、グリグリと頭を擦り付けたくなるけど、今はグッと我慢した。
ハクアのように言葉を発しないけど、なんとなく、灰色狼さんとリスさんがここに来た理由が分かった。というか、さっきリスさんに、「理由を聞かせてもらう」的な事と言ったばかりだしね。
「……私を迎えに来たの?」
そう尋ねると、灰色狼さんはリスさんを乗せたまま立ち上がると、クルリと身体を反転させた。
『漸く、招く気になったようだね』
ハクアの台詞に、私は小さく頷く。だけど、眠らされている皆の事が心配だった。
『大丈夫。念のために、皆の周囲に結界をはっておくあから、安心して』
「ハクアがそう言うなら、安心だね」
ハクアの結界は最高だもの、大丈夫。それでも、後ろ髪は引かれるけど、私は前を向き、灰色狼さんの後を付いて森の中に入って行った。
灰色狼さんは、私の歩調に合わせて歩いてくれる。リスさんはマイペースだよ。頬袋に保管していたドングリを食べている。
(あ〜〜可愛い!! 手のひらに乗せて、頬擦りしたいよ〜)
心の中で叫ぶ。
『僕よりも可愛いの?』
拗ねたハクアが、頬を膨らませながら文句を言う。前足で、頭頂部をバシバシと叩かれた。今日はいつもより激しいな。
「ハクアが一番だよ」
『本当に?』
「本当に。腹吸いをさせてくれるなら、尚可愛い」
ちょっとだけ、私の願望を言ってみた。
一度も、腹吸いとキスさせてくれないから。フェンリルは孤高の存在だからかな。でも、ベッドで一緒に寝る姿は孤高から掛け離れてるけどね。ヘソ天でイビキかいてるから。
じゃあ、その瞬間を狙えればって思うでしょ。でもね、ハクアのお腹に飛び込もうとしたら、何故か目を覚まして逃げられるんだよね。なので、一度も成功していないの。
『…………う〜考えとく』
とっても嫌そう。まぁでも、前進したかな。口元に笑みが浮かんだ。
「ありがとう。で、こんな手の込んだ事をしたのは、誰なの? ハクア知ってるんでしょ」
良いタイミングだったので訊いてみた。
『気付いてたの?』
私に怒られると思ったのかな、おずおずと、ハクアが訊いてきた。別に、怒りはしないけどね。
「途中からね。やけに、ハクアが落ち着いていたからね。いくら危険な場所じゃないって分かっていても、見知らぬ場所なら、もっと焦って、緊張したでしょ。それに、対処方法も考えてくれるよね」
私が人攫いに攫われそうになった時、ハクアの焦りようは凄かったからね。まぁあの時は、ハクアと一緒じゃなかったけど。
『……この森は、あいつのテリトリーだから』
「あいつ?」
(ハクアの知り合いなら、普通の人間じゃないよね。ましてや、こんな事が出来るんだから、そもそも人間じゃないかも)
『古代竜の一頭だよ』
(…………ん? 今、ハクア、なんて言った?)
ハクアの台詞が理解出来た途端、私は大声で叫んでいた。
「え――――!! 古代竜って、この世界を創生した神の一柱だよね!?」
あまりにも吃驚して、後頭部に張り付いているハクアを掴み、目の前で思いっ切り振っちゃったよ。ハクアが悲鳴を上げたから、直ぐに止めたけど。
この世界は、創生神とその眷属の七体の竜神によって創られたの。その七体の竜神の事をまとめて、私たちは古代竜って呼んでいる。
この世界に生きる者なら、誰でも知っている事だよ。絵本にもなってるしね。言葉を覚えるよりも先に覚えるぐらいだよ。教会や神殿には、必ず、世界が創生される瞬間を描いた壁画があるしね。
『うん、その古代竜。この気配は、黒竜王だね』
朗らかな声でハクアは言った。何、その親戚に会う感じは。
「……嘘だよね」
『嘘じゃないよ……ユーリア、どうしたの?』
思わず立ち止まって、両膝と両手を地面に付けてしまった。
「…………マジ……ハクアだけでもいっぱいいっぱいだったのに、今度は古代竜!? 完全に、キャパオーバーだよ!!」
私の渾身の叫び声が、虚しく森に響いたのだった。




