白い霧
いよいよ、オリエンテーション編佳境に突入です。
王女殿下とセシリアの怒りが物凄くて、全然おさまる気配がなくて収拾がつかなくなった。
そしてとうとう、無言のまま、レイティア様を引きずって森の中に入ろうしたから、さすがに、身体を張って止めたよ。何かあったら、困るでしょ。それに、レイティア様の心が深く傷付くのを見たくはないし。複数人だからね……
渋々、折れてくれた二人だけど、怒りがおさまらない王女殿下が、代わりに、レイティア様に向かって口を開いた。
「こけから無事に脱出出来たら、レイティア、貴女とは縁を切らせてもらうわ。貴女もそのつもりで、ローベル侯爵令嬢様」
発せられた台詞は、絶縁宣言だった――
レイティア様の肩がビクッと震えた。
家名で呼ぶということは、ただの一貴族として扱う事を意味している。
つまり、幼馴染を止めると宣言したことになるの。
最高位に属している王女殿下の言葉の影響は、計り知れない程大きい。この後の学園生活、レイティア様はかなり奇異な目で見られ、肩身が狭い学園生活を送る事になるでしょうね。彼女が、王女殿下の幼馴染であることを、知っている貴族は多いから。当然、憶測と疑念に晒され、遠巻きにされる事になるわ。学園を卒業した後も、それは続くの。
王女殿下はそれらを理解した上で、そう宣言した。
「私も、そう呼ばせてもらいます。学園に戻ったら、必要な事以外の交流は控えさせてもらいます」
王女殿下の後に続くように、セシリアも絶縁宣言をした。その表情は、感情が消えたかのような無表情で、声も低く、凍りそうな程に冷え冷えとしたものだった。
(セシリア、マジ切れしてる……)
思わず、私は息を呑む。
セシリアって、怒りの度合いが強い程、表情がなくなっていくんだよね。怒気が凄い。公爵令嬢の時も凄かったけど、今回は遥かにそれを越えている。ここまで怒ったセシリアを見たのは、始めてだった。
「……あ、あの……そこまでしなくても」
私が原因で、幼馴染の関係にヒビを入れたくないし、そもそも、こんな事に巻き込まれて気弱になったから、少し疑心暗鬼になっただけだよ。
余程、私が不安そうな表情をしていたからかな、王女殿下は苦笑しながら言った。
「この件に関して、ユーリアは関係ないわ。だから、ユーリアが気を病む事はないのよ。私は心底残念に思い、軽蔑した。ただそれだけの事」
「……エレーナ王女殿下」
その苦笑した顔が、私には泣いているように見えた。
(この人は私と似ている)
生まれた立場からかもしれないけど、素直に泣けなくて、泣く代わりに笑ってしまう。それが、誤解を受けると分かっていてもね。私は両親に心配を掛けたくなくて、そうなったのだけど。
「…………残念……残念なのは、貴女の方よ。また我が儘が始まったと陰口を言われるでしょうね」
学園内では、レイティア様の方が優秀だと思われているから……そういう風に持っていけると、それは正直、難しいと思う。
「性格、捻くれてますね」
セシリアの冷たい声が、レイティア様を容赦なく射抜く。
「……私は、エレーナ王女殿下とレイティア様が仲違いするのは嫌です。でも、それを決めるのは私ではありません。それに、エレーナ王女殿下は、我が儘でこんな事を言い出したのではないと知っています。でも……そのせいで、エレーナ王女殿下の周りに味方がいなくなったとしても、私とセシリアが必ず味方になります」
そう告げると、レイティア様は傷付いた顔をして俯いてしまった。もう何も聞かないって壁を張られた感じ。
これ以上、レイティア様に何か言っても通じないし、信じないと思って、私は口を閉じた。
代わりに、王女殿下の絡みが強くなった。何故か、背後霊化している。そして、そのポジションを巡って、セシリアと張り合っていた。
時間が経って、たまに、レイティア様に視線を向けると、変わらずに俯いたまま。果物にも口を付けてない。気不味くなって言葉を探すけど、結局見付からなくて、何も出来なかった。こういう時って、時間がやけに遅く感じるんだよね。早く朝が来てほしい。
『ユーリアは気にしなくていいよ。こういう場面で、人の本質が見えてくる。己の弱さを突き付けられる。それに向き合うか、向き合わないかは、レイティア自身が決めることだよ』
厳しいけど、ハクアの言う通りだと思った。
あんな酷い事を言われたのに、レイティア様の事を嫌いになれないの。今は難しいけど、また一緒にお茶を楽しみたいなって、心から願った。
見張りをたてながら、私たちは順番に仮眠を取る。
やっぱり疲れていたのかな、ぐっすりと眠っていると、寒くなってきたせいか目を覚ました。今は王女殿下が見張りの番をしている。毛布代わりにしていたローブを顔まで引き上げようとして、ふと気付いた。
「……霧…………」
濃い白い霧が周りを覆っていた。
身震いする。上半身を起こしたら、見張りをしているはずの王女殿下がぐっすりと寝ていた。隣で寝ているセシリアの身体を揺さぶっても、ピクリともしない。レイティア様も熟睡している。
(普通の霧じゃない!!)
反射的に、口と鼻を袖口で覆うと、ガサッと背後から音がした。振り返ると、そこには果物をくれた灰色の狼さんがいたの。




