とても嬉しかったんです
「…………ありがたいけど、これって……」
セシリアは、普段見せないような複雑な表情をしている。間違いなく、私たちもしていたと思うよ。
「深く考えたら駄目だよ、セシリア。うん、駄目」
まるで、自分に言い聞かせるように答える。実際、言い聞かせていたけどね。
「取り敢えず、貰える物はありがたく貰いましょう。皆で手分けして運ぶわよ」
王女殿下の掛け声で、私たちは分担して小枝を運んだ。五往復したよ。その間、リスさんは私たちをジッと見ていた。
五往復目、私は木の上にいるリスさんを見上げる。リスさんと目が合った。ハクアもリスさんを見ている。少し見詰め合ったあと、私はにっこりと微笑みながら言った。
「ありがとうございます。これで、無事、夜を越せます。ただ……何故、このような手の込んだ事をしたのか、必ず答えを聞かせてもらいますから」
不思議とスルリと言葉が出た。
勘だけど、狼さんやリスさんの目を通して、見られているような気がしたの。普通に考えて、そんな事あるはずないのにね。何故か、そう思ったの。
リスさんは小さくキッキッと鳴いた。
全部運び終えてから、私はマジックバッグに入れてあった、残りの果実を取り出した。
水は、まだ水筒に残ってある分で過ごせてる。それももうない。近くに水の気配は感じないから、レイティア様に水を出してもらいたいのだけど……無理そうだね。
私がリスさんに話し掛けているのを見られてから、更に暗くなったから。とてもだけど、頼める雰囲気じゃない。とはいえ、いつまでも、レイティア様に配慮するわけにもいかないし。
命が掛かってるんだから。
今晩は果物の果汁のおかげで、喉の乾きと空腹は満たされてはいるけど、明日からは困る。
どうしようかと考えていると、王女殿下が静かに話し出す。
「……このオリエンテーションに、私たちを招待した者は、一体、なんの目的があってしているのかしら?」
(なんで、私を見ながら言ってるの、王女殿下。レイティア様から誤解されるじゃない)
「さぁ、私には分かりません。でも、分かる事が二つあります。まずは、敵意がない事。次に、かなり魔法に精通している点です」
「確かに、ユーリアの言う通りだね。魔法に精通していると、私も思う。あまりにも不自然だから」
「不自然ね……」
セシリアの台詞を、王女殿下は難しい表情で聞いている。なんとなくだけど、セシリアが言おうとしている事が分かった気がした。
「……これは、あくまで、私個人の意見なのですが……まるでこの森は、庭のような気がします」
パチパチと小枝がなる音を聞きながら、私は静かな声で突拍子のない事を告げた。セシリアと王女殿下が不自然だと言っていたのは、この事だと思う。
「庭? それは、私たちを誘拐した犯人のって、言いたいのかしら?」
王女殿下の声は険しさと厳しさが入り混じったものだった。
「そうなりますね」
私の声も自然と固くなった。
皆、沈黙する。
その沈黙を破ったのは、レイティア様だった。
「……ユーリアさんは、その犯人を知っているのではありませんか?」
感情のこもらない声で、レイティア様は言う。
「どういう意味ですか?」
「レイティア様、何を言っているのですか!?」
私とセシリアが同時に声を上げた。
「意味なんて分かりませんわ!! ただ、貴女おかしいのよ!! 七歳の子供が誘拐された事も、そのような過去がありながら、再度誘拐されて、普通、こんなに落ち着いて対処出来ますか!? 狼とリスの時も、動揺しなかった!! ましてや、リスに対してあんな事を言い出すなんて。貴女の目的は何!? 私たちを誘拐して身代金でも取ろうと考えましたの!? さすが、平――」
そこまで言った時だった。パシッと乾いた鋭い音がした。セシリアが止めるより先に、王女殿下がレイティア様の頬を打っていた。
「レイティア!! 貴女、言っていい事と悪い事の判断もつかないの!? 情けない。貴女を心底軽蔑しますわ」
王女殿下の叱責が森に響いた。
レイティア様は、打たれた頬を押さえ俯いている。その身体は、小刻みに震えていた。
いきなり、こんな場所に放り込まれて、気持ちがいっばいいっぱいなのは分かるよ。そう見えないかもしれないけど、私もそうだし皆もそうだから。私が嫌われるのも、気持ち悪がられるのも、嫌だけど我慢できるよ。
ただ……最後に、レイティア様が言おうとした事だけは、どうしても我慢出来ない。握り締める手が震えていた。直ぐに、震えはおさまる。
「……レイティア様、貴女も平民を蔑んでいたのですね。平民だから、お金欲しさに、人の道を外れる事を平気ですると考えていたのですね。とても残念です。私は嬉しかったのに。始めて本を借りた時、レイティア様は嫌な顔をしなかった。普通に接してくれた事が、とても新鮮で嬉しかったんです」
怒りよりも悲しみの方が強かった。
私は泣きそうになるのを必死に我慢して、微笑みながら自分の気持ちを吐露した。




