王女殿下の謝罪
(食べてくれたなら、まだ大丈夫。気持ち悪そうにしてないし)
私はレイティア様の様子を見て、ホッと胸を撫で下ろす。身体も心も疲れ切った時は、ご飯を受け付けなくからね。私はそれをよく知っている。
二年前、二つ離れた村が野盗に襲われた事件が起きたの。生き残った家族が親戚を頼って、私が住む村に来たんだけど、家族を失ったショックが大き過ぎて、ご飯が食べられなくなったの。
その時、お父さんが言ったんだ。
「身体が疲れた時、食欲がないだろ。それは、心が疲れて傷付いて、悲鳴を上げている時も同じなんだよ」って。今のレイティア様は、色んな事が一気に起きて、処理出来なくて、とても疲れていると思うの。
「食べ終わったら、出発するわよ」
それでも、王女殿下が静かな声で告げる。
「王女殿下、もう少し、休憩した方が……」
私はレイティア様を背に庇いながら、王女殿下に嘆願した。本音を言えば、王女殿下と同じ。でも、今の状態のレイティア様に無理はさせられない。
「誰も怪我をしていないのに、何故、必要以上に休む必要があるのです? レイティア、自分より五歳下の子供に庇われてどうなの?」
王女殿下は厳しい口調で、レイティア様に尋ねる。その内容に、レイティア様が小さく息を飲んだ音が聞こえた。
「王女殿下!! 私は平民ですから、打たれ強いだけです!!」
「私は第一王女だけど」
王女殿下に睨まれた。
(だよね。完全にプーメランだったわ)
完全に言葉に詰まってしまった。
「レイティア、いくら座学が優れ、魔法に精通していても、いざっていう時に動けないのなら、足手まといよ。いい、私たちに迷惑を掛けないで。足手まといなら、何もしなくていいから付いて来て。期待はしていないから」
(うっわ〜キツい。めっちゃキツいよ。でも、言ってる事は間違ってないのよね……)
よほど悔しかったのか、唇噛み締める力が強くて血が出ていた。
「レイティア様!! 血が!!」
慣れない治癒魔法を掛けようとしたら、王女殿下に止められた。
「これくらいの怪我で、治癒魔法は必要ないわ。ポーションも使わなくていいわよ。ユーリアさん、魔力を温存するって言い出したのは、貴女よ」
言い出した私が、破ろうとした。
「……すみませんでした」
「別に、謝る事ではありませんわ」
王女殿下の声が柔らかく感じた。
『エレーナが言っている事は正しいよ』
ハクアの中で、王女殿下の株がかなり上がってるわね。私も腹を括らないといけないよね。もうこれ以上、同じ失敗は出来ないから。
「……レイティア様、食べたら出発しましょう。疲れたら、遠慮なく言って下さいね」
全てが終わった後、レイティア様に嫌われる事になってもしょうがないよね。無事に帰る事が最優先だから。
「残りの果実は、各自分担して持ちましょうか?」
黙って聞いていたセシリアが、ここで口を開く。セシリア自身、王女殿下の言い分が正しいって思ってるようだ。
「その必要はないです。私のマジックバッグに入れれば」
少しでも、荷物は軽い方がいいからね。
「まぁ!? マジックバッグを持っているのね!!」
(あっ!? しまった!!)
背後から、セシリアの溜め息が聞こえたよ。
「……あ、入学祝いに貰いまして……ジュリアス様とライド様に」
自然と後半声が小さくなる。
「そうですか……それは、大事に使わないといけませんね」
冷や汗タラリの私に、王女殿下は意外にも普通の対応で答えてくれた。あまりにも、食堂の時と掛け離れているなら、私とセシリアはポカンとする。
「学園に入学するのです。入学祝いは当然ですわ。私もそこまで、頭が固くはないわよ。まぁ、ちょっとは羨ましいですけど……あと、この前の食堂の件は悪かったわ。噂を真に受けた私の非ね」
最後はとても小さな声だったけど、はっきりと聞こえた。
(王女殿下にとって、これが精一杯の謝罪なのね。ほんと、人って付き合ってみないと分からないものよね)
「私の方こそ、申し訳ありませんでした。少しだけ言い過ぎました」
頭は下げなかった。重たいものにしたくはないから。それに王女殿下も、それを嫌だって思ってそうだから。
「謝罪は必要ないわ」
(やっぱり、私が思っていた通りだった)
王女殿下の許しを得て、私はにっこりと微笑む。
「はい。どうかしましたか?」
王女殿下は何故か、私の顔を凝視している。
「……貴女、そんな表情も出来るのね」
(どんな表情?)
首を傾げる私に、王女殿下はクスッと笑った。
「決めましたわ!! ユーリアさん、私の事はこれからエレーナと呼びなさい。セシリア様も」
(なっ!? まさかの名前呼び!? いやいや、王女殿下に対して、平民の私が出来るわけないでしょ)
なので、きっぱりと断った。
「それは、出来ません」
「どうして!?」
断られると思っていなかったみたい。誰でも分かる程、ショックを受けてるよ。
「どうしてって……私、平民ですよ。王族の方に対して、名前呼びなどしたら、即不敬罪で捕まります」
(実際は、捕まる事はないけどね。これでも、一応聖女だから)
「私が許しているのに!?」
「だとしてもです」
(何、駄々っ子になってるのよ)
あ、しゃがみ込んで、棒で何か書き始めたわ。なんか、可愛い。でも、駄目なものは駄目。学園生活に、これ以上波風立てたくないわ。
「呼んでくれませんの……」
「……こうなったら、てこでも動きませんよ、この子は」
そう教えてくれたのは、レイティア様だった。少し調子が良くなってきたみたい。声に張りが出て来たよ。
(もしかして、王女殿下、計算してた? まさかね)
「……呼んでくれませんの」
同じ台詞を繰り返す王女殿下に、私は小さな溜め息を吐く。
「…………なら、仕方ありません。名前呼びは出来ませんが、エレーナ王女殿下と呼んでも宜しいでしょうか? 私の事は呼び捨てでお願いします」
(これ以上の譲歩は出来ないよ)
「私も呼び捨てでお願いします、エレーナ王女殿下」
セシリアが続いて言った。
「……本当は、呼び捨てにしてほしいけど、今はそれで妥協しますわ」
(なんとか、納得してくれたよ。あれ? なんか前に似た会話をした気が……あっ、セシリアとそんな話したよね。取り敢えず、よかったよかった。じゃあ、そろそろ出発していいよね)
「では、出発しましょうか」
エレーナ・セレナール・ポーラット〈12歳/女〉
ポーラッド聖王国第一王女。聖女科三年生。
金髪(縦ロール)、金目。常に扇持参。
成績は常に上位だか、我が儘のレッテルをはられて、問題児扱いされている。でも、本当はとても素直で優しくて優秀。ちゃんと、学習出来る人。




