大きな灰色狼さん登場です
ガサガサという音が段々大きくなる。
息を殺し隠れている私たちの前に、姿を現したそれは、一頭の大きな灰色の狼だった。
皆、一瞬気を失いかけたんじゃないかな。私も気が遠くなりかけたよ。簡単に転がされて、前脚だけで押さえ込まれそう。そうなったら、人生即終了だよね。
『あれは、ユーリアたちを襲いに来たわけじゃないよ』
ハクアが断言してくれたから、私はなんとか恐怖心を圧し殺す事が出来た。
『ありがとう、ハクア』
狼さんは何か布に包んだ物を口にくわえて持ってきた。それを、私たちから十歩ほど離れた場所に丁寧に置く。そして、チラリと隠れている私たちに視線を移して、すぐに踵を返し、森へと戻って行った。
ガサガサという音がしなくなってから、暫く間をとってから、全員大きく息を吐いてから、這うように岩陰から出て来た。
「……なっ、なんですの!? 危険な獣はいないって書いてあったでしょ!!」
さすがに、ここで大声は出さないよね。それでも王女殿下、小声で息巻いているよ。ほんとに、精神的に強い人だね。鍛えてるからなのか、復活も早いし、頼もしい存在だと思った。つくづく、噂なんてあてにならないね。
「危険な狼さんではなかったみたいです。ほら、狼さんが果物を持って来てくれました」
狼さんが置いて帰った布の結び目を解くと、コロリと赤い果物が転がった。私はそれを手に取ると、皆の所に持って行く。
「……どうして、わざわざ果物を?」
復活したセシリアが私の隣に立ち、腕の中にある果物を覗き込む。
「そんなの、決まってるでしょ。私たちに対しての差し入れよ!!」
突拍子のない事を、王女殿下は自慢げに答えた。
「差し入れですか……」
(一見、突拍子のない、お花畑的な台詞だけど、違うは言い切れないんだよね)
実は、私もそう思ってるから。
「……私も、王女殿下の言う通り、差し入れだと思う」
不審そうにセシリアは私にそう告げると、転がっている果物を数個拾い、切り株の上に置いた。
(危険な獣はいないって書いてあったけど、獣自体がいないとは書いてなかったよね)
そんな事を考えていたら、ふと気付いた。さっきから、レイティア様が一言も言葉を発していない事に。
私はレイティア様に視線を向けた。レイティア様は、真っ青な顔でカタカタと小さく震えていた。
(そりゃあ、怖いよね。あんな大きな獣を間近で見たんだから。怖くて言葉を失うよね)
魔術師を目指すと言っても、魔物の討伐には出た事はないだろうし、高位貴族の深窓の令嬢様だもの、危険な獣自体見た事ないんじゃないかな。学術的に知っていても。
私はレイティア様の所に移動すると、その震える手を両手で包んで握り締めた。そこでやっと、レイティア様の顔に赤みが戻ってきた。
「大丈夫ですよ、レイティア様。あの狼さんは、何処かに行ってしまいました。さぁ、休憩しましょう」
にっこりと微笑みながらそう提案すると、ぎこちないけど、小さな笑みを返してくれた。
「…………そうね……」
レイティア様は何か言いたそうな様子だったけど、その言葉を飲み込む。私はそれに気付いていたけど、ここでは訊かなかった。マイナスな言葉しか返って来ないと思ったから。
私たちは倒れた丸太に移動し座る。
「先輩たちら、どの果物を食べますか?」
「「「食べるの!?」」」
私以外の全員が仲良くハモった。
「えっ!? 食べるでしょ。折角の差し入れですし、食料は正直ありがたいです。食べれる時に食べとかないと、身体が保ちませんよ」
そう答えたら、皆にすっごく呆れられたよ。
(何故? 差し入れって言ってたのに。やっぱり、出所が気になるのかな?)
「……私は、この赤い果物にしますわ」
王女殿下が選ぶ。一気に、視線が王女殿下に向いた。それを気にせずに、王女殿下は赤い果実を手に取った。
「レイティア様はどれにしますか?」
「…………私は、後でいいわ」
(まだ、ショックか抜けてないみたい)
なんか、私と王女殿下を、恐れが混じった珍獣のような目で見てるのは、気のせいだよね、
「セシリアは?」
「そうだね、私はこの緑色の果物にするよ」
「じゃあ、私は赤い果実で」
私は王女殿下が口にするより早く、その果実を頬張った。一応、毒見にね。皆、赤い果実を頬張る私を見ている。セシリアは少し怖い顔をしていた。
「瑞々しくて、美味しいです!! 思っていたよりも、甘酸っぱいですよ。味は、リコの実に似ていますね」
実際のリコの実は、もっと小さくて、甘みより酸っぱさが勝ってるかな。だから、生では食べるよりも、ジャムにしたり、お肉と一緒に煮たり漬けたりしてるかな。
王女殿下が恐る恐る口にすると、私と同じ反応が返ってきた。セシリアも頬張る。
「あっ、これは、シナの実に似てるよ。でも、瑞々しさと甘みは断然違う。この実の方が美味しい!!」
ご満悦な表情をするセシリア。
木の間から差し込む光の演出で、天使度ダダ上がりだよ。王女殿下もレイティア様も見惚れてるし。ほんと、近くで見ると、破壊力ありすぎだよね。
「はい、レイティア様。どうぞ」
私はレイティア様がどっちを選んでもいいように、赤い果実と緑の果実を差し出した。戸惑いながらも、レイティア様は緑の果実を手に取る。
(あのセシリアを見た後だからね〜)
「とっても、美味しいですよ」
にっこり微笑むと食べてくれた。よかった……




