三つの約束事
「皆様に、お願いがあります」
そう告げると、皆の視線が私に集まる。全員がそれなりに目力が強いから、息が詰まりそうになった。自分を落ち着かせるために、小さく深呼吸をしてから口を開く。
「これから先は、何が起きるか分かりません。なので、皆様に約束して欲しい事が三つあります。一つ目は、単独行動をしない事。お花を摘む時もです。二つ目は、出来る限り魔法を使わない事。最後が、無理と我慢をしない事。以上の三つです」
「一つ目と三つ目は分かるけど、何故、魔法を使ってはいけないのかしら?」
レイティア様が質問する。
「魔力の温存が一番の理由ですが、魔法を使うと、森に棲む物に気付かれる可能性があります。魔物や生物の中には、温度に反応しするものもいますから」
「爬虫類系の魔物や生物は、そうだと聞いた事があったわね」
王女殿下の台詞に私は頷く。
爬虫類系て聞いて、レイティア様の顔色が悪くなった。王女殿下とセシリアは平気そう。
(貴族様関係なく、苦手な人多いよね。でも、王女殿下が平気そうなのが意外。魔物にも詳しそうだし……噂は当てにならないものね)
「補足するとしたら、この課題に書かれている事を全面的に信じる事は出来ません。この課題を書いた者が危険ではないと言っても、私たちにとっては危険かもしれません。それを踏まえた上で、あまり目立つような移動は避けるべきです。それに、体力の回復は休めば戻りますが、魔力の回復は体力の回復の倍以上、時間が掛かります。底をつけば、昏睡状態になります。そうなったら、即アウトです。なので、魔法はいざって時の切り札として、取っておくべきだと思います」
「「「分かったわ」」」
真面目な顔で皆頷いてくれた。
周囲に注意を払いながら、私たちはオリエンテーションを再開した。
先頭を歩くのはセシリア、最後尾がレイティア様、二番目が王女殿下で、三番目が私。戦闘術の経験者だったから、セシリアが先頭になったの。
今までのオリエンテーションらしく、森の中を矢印通りに進んでいると、ポツリと沈んだ声が降ってきた。ハクアだった。
『……ユーリアは、僕を信じてくれないだね』
『そんな事ない!!』
ハクアの悲しく傷付いた声に、思わず声に出しそうになったが、グッと我慢して私は念話で否定した。
『ほんとに?』
こんなに元気がないハクアの声を聞くのは、始めてだった。
『ハクアを信じてないわけじゃない。私とセシリアなら、ハクアの事を知っているから、無条件に信じて行動出来るよ。だけど、王女殿下やレイティア様は違うでしょ。二人は知らない。なら、ハクアの存在を気取られないようにしないと。魔物や危険な獣がいなくても、危険な事には変わらないだから』
ハクアの事を気取られないようにするには、この方法が一番だと思った。ハクアだけでなく、ジュリアス様やライド様にも、ハクアの事を内緒にすると約束した。
(私はハクアを護りたいの。ずっと一緒にいられるように。いや違う。私が、ハクアと一緒にいたいの)
『……ユーリアは、僕の事好き?』
『好きに決まってるでしょ。大好き過ぎて、今も、ギュッと抱き締めたいのを必死に我慢してるわよ……不安にさせてごめんね。ハクアを傷付けたね』
当然、即答だよ。胸が締め付けられて痛いよ。
『…………オリエンテーションが終わったら、ギュッとしてくれる?』
(可愛いお願いきました!!)
『ギュッとだけじゃなく、頬擦りもしちゃうよ。勿論、キスもね』
『キ、キスは駄目!!』
『じゃあ、腹吸いは?』
『腹吸いも駄目!!』
(キスも腹吸い、両方とも強く拒否されたよ。地味に落ち込むよ)
『駄目なんだ……』
完全に立場が逆転したね。
『そういうのは、大人になってからだよ!!』
(怒られちゃった)
でも、既に、私のファーストキスは我が家の家族たちに奪われまくってるんだけど。そう素直に答えたら、また怒られそうなので止めた。
皆、無言のまま歩いている。
何度目かの矢印を過ぎた所で、私は小声で提案した。
「そろそろ、休憩にしませんか? 拓けた場所に出ましたし」
私の声に反応してセシリアが止まったので、自然と全員足を止めた。
「まだまだ、大丈夫ですわ」
王女殿下が言う。私は軽く首を左右に振った。
「無理はしないと約束しましたよね、王女殿下。大丈夫と思っていても、意外と疲れているものです。緊張で、疲れを感じにくくなっているだけですから」
実際、レイティア様の顔色が少し悪い。
王女殿下とレイティア様は倒木の上に腰を下ろす。私とセシリアは地面に直接座る。
(こまめな休憩は必要だけど、飲み物と食べ物には限界があるわ。最悪、水はレイティア様に頑張ってもらえればなんとかなるけど。食べ物は……オヤツならあるけど、それも量は多くない)
そんな事を考えていると、森の中からガサッガサッという音がした。慌てて、私たちは倒木と岩の後ろに隠れる。
音がどんどん近付いてくる――
皆、息を飲む。私は攻撃魔法を打とうとするレイティア様の手を押さえ付け、首を小さく横に振った。
そうしているうちに、音の正体がゆっくりと森から姿を現した。




