第ニ課題
暫く歩くと、第二課題の出題場所に到着した。王女殿下が切り株に置かれた紙を手に取る。
「王女殿下、レイティア様、私たちって、今何位なのでしょうか?」
オリエンテーションって順位を決めるものじゃないけど、やるからには、やっぱり短時間でゴールしたいじゃない。
「さぁ、それは分かりませんね。他の組とも会いませんし、そもそもオリエンテーションは、課題をクリアする事が目的ですよ」
レイティア様がそう言うと、当然のように王女殿下は反論してくる。
「相変わらず頭固いわね、レイティアは。誰よりも早くクリアしたいと思う事は、おかしな事かしら」
(性格、真逆だわ〜)
水と火。石橋叩いて渡るタイプと猪突猛進タイプ。絶対混ざらない。そんな事を思っていたら、ハクアの緊張が伝わってきた。同時に、緊迫するハクアの声が頭に響く。
『ユーリア、セシリア、何かがおかしい』
セシリアが私を庇い周囲に視線を巡らす。
『おかしいって?』
『人の気配がしない』
(言われてみればそう……他の組も、先生の姿も見ていない。第一課題は先生から手渡された。じゃあ、第二課題は?)
「セシリア様、ユーリアさん、どうかしましたか?」
ハクアと念話していると、レイティア様が訝しげな表情で尋ねてきた。
「あの……少し違和感を感じて」
「違和感?」
レイティア様の表情が更に歪む。
「おかしくはありませんか? 人の気配が全くしません。他の組の声も、先生の声も聞こえないなんて。去年のオリエンテーションも、こんな感じだったのですか?」
(ハクアに指摘されて気付いたけど、確かにおかしい。合同オリエンテーションだよ。何組かに分かれて森には入ったけど、全く会わないどころか、声さえ聞こえないなんて……かなり不自然だよ)
「……去年は、そんな事ありませんでしたわ」
低い声でレイティア様は答える。
「そうね、去年は騒がしかったわ。それに、先生が直接紙を手渡してくれましたわ。このように、重りを置いて放置する事はなかったわね」
王女殿下の台詞に、レイティア様がハッとする。
「…………先生がいない……生徒の安全のために配置しているはずなのに」
「一応言っておきますが、警備の配置を変えてはいませんわ。もし変えたのなら、お兄様が何かしら言っていますわ」
レイティア様の台詞に被せるように、王女殿下が告げた。
(二人の言う通りね)
学園内と言っても、森の中。迷子になる生徒が出るかもしれない。先生は生徒の安全を護る役目があるもの。この状況は明らかにおかしい。
(一体、何が起きてるの?)
「王太子殿下が、そこまで手を延ばす事自体問題ですけどね」
レイティア様、冷静ですね。
『この森には、ユーリアたち以外に人はいないよ』
『という事は?』
『何かしらの意思が働いているって事だね』
『意思? 魔物の気配はする?』
『しない。この森に魔物はいないよ。危ない獣もね』
ハクアの言葉にホッと胸を撫で下ろす。魔物や肉食の獣がいたら、確実に餌になるコースだからね。
『いないのなら、慌てる事はないわね』
「何、ショックを受けていますの? らしくはありませんよ」
ハクアと念話していると、王女殿下に発破を掛けられた。そう言う、王女殿下の顔色が悪いのは見なかった事にしよう。
「……それにしても、どうやって? なんの目的で、こんな手の込んだ事を?」
そう冷静に言うレイティア様の手が、目視出来るくらい震えている。
(そうだよね。普通にオリエンテーションをしていたら、こんな目にあったんだもの、震えて当たり前だよ)
怖いのも、不安なのも、誰も一緒。
私はレイティア様の手を包み込むように握ると言った。
「それを今考えても、答えは出ません。ならば、この状況を打破するためにどうすべきか、考えた方がいいと思います」
「私も、ユーリアの考えに賛成します」
「……わ、私も、そう思っていましたわ」
セシリアも王女殿下も賛同してくれた。あとはレイティア様だけ。レイティア様は険しい表情を私に向ける。
「…………そうですね。とはいえ、打破すると言っても、作戦などありはしませんよね?」
レイティア様が訊いてきた。皆の視線が自然と私に集まる。
「取り敢えず、進むか、進まないかですね」
「つまり、このままオリエンテーションを続けるか、助けをこの場で待つか、という事ですね」
レイティア様の言葉に私は頷く。
私以外の全員が、助けを待つ事を選択した。
(まぁ、普通そうなるよね)
私たちが行方不明になった事は、すぐに気付かれるはずだから、保護されるまで待つのが賢い選択だ。
「……一応、訊いてあげるわ。何故、進む事を選択したのかしら?」
まさか、王女殿下に訊かれるとは思わなかったから吃驚したよ。レイティア様もセシリアも驚いている。
「理由はこれです」
私は王女殿下が持つ課題の紙を指差す。私も切り株の上に置かれた紙を手に取ると、皆に見せた。王女殿下は、慌てて持っている紙を読む。
【この森には、魔物も危険な獣もいない。個に問う。続けるか否か】
「信じるの……?」
今度は、レイティア様が訊いてきた。
「今は……助けがくるのを待つのが正解だと思います。しかし、いつ来るか分からない助けを待つのは、かなり、精神的にも肉体的にも疲れると思います。それに、本当に魔物たちがいないとは限らない。そんな状況下で、食べ物もなく待ち続けるのは……なら、一層の事飛び込んでみようかと。文面から見て、何かしらの意思が働いているように思えるので」
「……正気?」
恐ろしい物を見るような目を、レイティア様にされたわ。
「はい。でも、強要はしません」
「止めても、一人で行くという事ですか!?」
レイティア様の詰問するような態度に、私は臆する事なく小さく頷く。
「だって、書いてあるので。個に問うと」
つまり、これはもうオリエンテーションじゃない。
自分の意思で判断し、行動する事を求めている。ここまでする理由は分からないけどね。私一人なら、残る選択をしていたかもしれない。でも私には、ハクアがいるもの。一人じゃない。




