とっても可愛いモフモフは聖獣様でした
うん、帰れなかったよ。
有無を言わさず、お父さんと一緒に別室に連行されちゃった。神官様たちは皆席をはずしている。残された私とお父さんは、ソファーに並んで座って、借りてきた猫のように、背筋をピンと伸ばして待っていた。
テーブルの上には、楽しみにしていた王都のお菓子に香りが良い温かい紅茶。
とっても、美味しいよ。美味しいけどね……このままだと美味しくなくなっちゃう。私も緊張してるけど、お父さんも私に負けないくらい緊張してるよ。全身カチコチに固まってるし。チラチラ、視線を下に向けている。
(気になるよね〜)
真っ白なフワフワは、何故か今も、私の膝の上で大人しく座っていた。
(犬なのかな?)
つぶらな瞳を私に向けて、再度フワフワは訊いてきた。
『犬じゃないよ。僕はフェンリル、狼だよ。君は僕の聖女。ねぇ、名前教えてよ』
その声に、お父さんはビクッと身を竦ませ、子狼をを凝視する。口元が動いたけど、何を言ってるか聞き取れなかった。
(狼ね……どこからどう見ても、ワンちゃんにしか見えないよ。それよりも、聞き間違いじゃないよね)
わりと自然と受け入れてるけど、これ、かなりおかしな状況だよね。教えていいのかな? 神官様たちと一緒にいたし、悪い子には見えない。大丈夫だよね。
「ユーリアだよ。隣に座ってるのが、私のお父さん。狼さんの名前は何?」
名前が聞けて嬉しかったのか、狼さんの尻尾が嬉しそうに左右に振ってる。
(やっぱり、犬だよね)
『失礼な。犬じゃないって言ったよね。もう一度言うけど、僕は狼だから間違えないで。名前はね、まだないよ。ユーリアが付けて』
再度訂正された。余程犬に間違われるのが嫌みたい。よく見ると、足が太いね。足が太いとね、大きくなるんだよ。このままじっくりと観察したかったけど出来なかった。狼さんがとんでもない事言ったから。
「えっ!? 私が付けていいの?」
『うん。ユーリアじゃなきゃ駄目』
狼さんは譲らない。
(名付けは苦手なんだよね)
う〜ん、困った。家にいる子たちは、皆お父さんとお母さんが名付けてるんだよね。あまりにも、私が下手だから。
「私、すっごく下手だよ」
『それでも、名付けて。急がなくていいから』
どうやら、私が名付ける事に意味があるみたい。名付けは聖女の仕事なのかも。聖女なんてとんでもない【スキル】を今直ぐ返上したいけど、出来ないよね……その菫色のつぶらな瞳で見詰められたら、誰も断れないよ。モフモフには、それだけの力があるからね。
「……分かった。頑張ってみる」
(こうなったら、とびっきりな良い名前を付けてみせるから。聖女に関しては、おいおい考えればいいよね。まだ、詳しく知らないし。それに……)
私はそこまで考えて、狼さんに軽く触れてみる。フワフワだ〜〜
『ありがとう、ユーリア』
狼さんはとても嬉しそうに、私の手に頭を擦り寄せてきた。
私と狼さんとの会話が一段落した所で、硬直していたお父さんが口を開く。
「あ、貴方様は、もしかして聖獣様ですか?」
(聖獣様? 聖獣様って、瘴気から国を護って下さってる、あの聖獣様!? こんなに小さいのに!?)
でも、納得出来た。話すのもそうだけど、どうやら狼さん、ううん、聖獣様は心を読めるみたい。何度か読まれてる。まぁ、困った事は考えていないから、別に構わないけど。
『うん、僕は聖獣だよ。まだ、国を護る程の力はないけどね』
次々と明らかになる事実。私はどう反応したらいいのか分からなかった。なので、取り敢えずスルーする事にした。
「代替わりですか?」
そう尋ねるお父さんの表情は固い。気になる単語が出てきたけど、質問せずに、黙ってお父さんと聖獣様の話を聞く事にした。
『よく知ってるね。そうだよ、さすが、僕のユーリアの父親だね。学もあるし、僕の姿を認識し会話も出来る。心が綺麗な証拠だよ』
お父さんの事を褒めてくれるのは、すっごく嬉しい。
「お褒め頂き、ありがとうございます。普通の人には、その神々しいお姿は見えないのですか?」
聖獣様はコクリと可愛く頷く。
『まず、認識されないよ。神官の中でも、僕を認識出来る人は限られてるしね。同行したあの二人は、僕をはっきりと認識出来るよ。それ以外は、僕が姿を見せようと思わない限り無理だね』
「ユーリアは見えるのですね」
私と聖獣様との会話を聞いた上で、敢えてお父さんは尋ねている。だからかな、その言葉の意味がとても重い事に、私は気付かされた。
『僕の聖女なんだから、当然、見えてるよ』
聖獣様は繰り返し肯定した。
「そうですか……ユーリアは聖女なのですね」
沈んだ声で、そうお父さんが呟いた時だった。ドアを三回ノックする音がした。席をはずしていた神官様たちが戻って来たようだ。